『新宿スワン』原作に糾弾される“他人事”を吐く映画
歌舞伎町はヒーローになれない街である。少なくとも、スカウトには。映画版『新宿スワン』は、「スカウト業に必然的に宿る陰」……「女性の人生を破綻させる大きな可能性」を“見て見ぬ振り”している。その為に、「スカウト業に必然的に宿る陰」を緻密に描いた原作漫画の1台詞に切り捨てられるウロボロス構図に嵌ってしまった。
スカウトの陰を素通りする映画
真虎(伊勢谷友介)に突然スカウト業を科せられた白鳥龍彦(綾野剛)は、キャバクラのつもりで女性を勧誘する。しかしながら、真虎は龍彦と女性を陰気な店に連れて行き、女性は「面接」としてオーラルセックスを強要される。罪悪感を抱きスカウト業に怖気づいた龍彦に、真虎はこのような事を言う。
「あのなあ、水商売で働く女がみんな不幸だと思ったら大間違いなんだよ。ここで欲しいもんを手に入れた女は買いたいものが買えて、家にも住めるんだ」
確かに、歌舞伎町の水商売風の女性達はブランドバッグを持ち、楽しそうに話している。そうして主人公は「スカウト業で女性を幸せにしてみせる」と意気込む。このシーン、実は原作では真逆の論を立てている。和久井健による原作の該当シーンを引用する。
龍彦:納得いかないっスよ やっぱりオレ向いてないっス
真虎:なんで?すげぇじゃん 初日からAランクつけるなんて
龍彦:そりゃあテレビとか見てこういう世界があることは知ってましたよ…… でも あの子が風俗やる理由って何ですか?結局“金”ですよね?
真虎:だから? もしあの子にたくさん借金があって イヤイヤ働いているとしてお前が助けてやれるのか? いいか? テレビの前で「かわいそう」とか「許せねえ」とか言ってるのとはわけが違うぞ それなりのリスクはついてくる お前にその覚悟があんのか? 向いてねぇだと!? そんな生温かい仕事だと思ったのか? びびっただけだろーが!!
-和久井 健『新宿スワン(1)』より引用
次いで2つの事を龍彦に教える。
- 水商売循環の法則
- 落ちていく水商売の女性
「水商売の女性全員が不幸な訳ではない」と述べる映画版と原作は正反対である。原作の真虎は「スカウトが女性を不幸にする可能性」を肯定している。そして龍彦の、短絡的な風俗嬢への同情&侮蔑を「TVの前で言っている他人事」だと断ち切った。そんな真虎から、龍彦は「スカウト業&水商売が如何に女性を落としていくか」を学ぶ。そして彼は明るい未来が無い事を自覚した上で「不幸な子をそれ以上不幸にしたくない」と決意する。「スカウト業に必然的に宿る陰」を実感した上で吐き出されるその台詞に、真虎は何も言わない。その決意が「テレビの前で言っている他人事」ではなかったからだ。
映画版の「水商売の女性全てが不幸ではない」という理屈は、原作が強調した「スカウト業に必然的に宿る悪」に目を向けていない。“見て見ぬ振り”をしていると言っても良い。それじゃぁ原作で真虎が否定した“テレビの前で言っている他人ごと”なのである。映画『新宿スワン』は原作漫画に「テレビの前で言っている他人事を吐く映画」と糾弾されてしまっている。
又、この変更により、1映画としてバランスが悪くなってしまったきらいがある。(映画版の)真虎は、龍彦をスカウト会社に引き込む為に詭弁を言った、と解釈できる。しかしながら、(映画版の)龍彦は「スカウト業に必然的に宿る悪面」に向き合わぬまま女性達に水商売を斡旋する、浅はかな色を帯びてしまった。最初に「オーラルセックスを面接試験として強要される女性」のインパクトが大きすぎるのだ。あれを見て、「全員が不幸な訳ではない」という詭弁で罪悪感と疑問を解消し、その後も職業自体に何の疑問も持たない風な主人公、そして彼の口から出る「夢」を、魅力的と言えるだろうか。(本文1,174字)
Grade:C
参考資料