『ハンガー・ゲーム FINAL: レボリューション』イラク戦争のメディア戦略
『ハンガー・ゲーム』はメディアの物語だ。メディアに纏わり付かれた主人公カットニス・エヴァディーンは「ヒーロー」ではなく「広告塔」、そして「戦争の被害者」である。イラク戦争を発端に開始された本シリーズは巧みに「戦争下のメディア戦略」を描き、「戦争」を糾弾している。
1.ヒーローではなく広告塔のカットニス
『ハンガー・ゲーム』は全編通して「メディア戦略」の物語である。リアリティ番組ハンガー・ゲームで殺戮を課される参加者たちは生存の為に「メディア戦略」を強いられる。番組で人気を博した主人公カットニス・エヴァディーンは政府に命を狙われる。その窮地で反乱軍に救われ、そこでは「戦争の広告塔」を強いられた。反乱軍では広告会議が行われ、民衆を鼓舞するカットニス主演ビデオが撮影される。革命家アイコンとして成功したカットニスは、今度は反乱軍の首相に命を狙われる。カットニスの死すら「殉職」という「メディア戦略」に使われるというのだ。カットニスは延々「メディア」にまとわりつかれる。
カットニスは能動的なスーパー・ヒーローではない。戦争に参加したくないのに「戦争の広告塔」に祭り上げられてしまった「戦争の被害者」である。彼女はただ妹を救いたかっただけだ。フランシス・ローレンス監督によると、彼女はそもそも反乱軍入りにすら消極的だという。ただ妹を救いたかっただけの主人公が「戦争の広告塔」を強いられ、最後には幼馴染の手によって行われた「戦略としての民間人爆撃」で妹を殺されてしまう。民衆を熱狂させた英雄カットニスは終戦後も悪夢にうなされ続ける。この悲しい物語が訴えるのは戦争批判であろう。それも緻密に構成された、今日の「戦争メディア戦略」への糾弾だ。
原作者スーザン・コリンズは「TVに流されるイラク戦争報道とリアリティ番組の曖昧な境界」から発想を得たとコメントしている*1。このコリンズの発想はなんら珍しくない。今日のアメリカ政府はメディア戦略の為に民間PR企業を雇用しているし、アメリカにおいては有名芸能人が政党集会で応援パフォーマンスをすることは恒例行事だ。余談だが、イラク戦争に賛成した現大統領候補ヒラリー・クリントンはリアリティ番組スターのキム・カーダシアン夫妻を資金集めパーティに招き、夫妻と写真を撮っている。「戦争とリアリティ番組の曖昧な境界」そのままだ。イラク戦争でのメディア戦略について記す。
2.『ハンガー・ゲーム』が描いたイラク戦争のメディア戦略
『ハンガー・ゲーム』シリーズはかなりの時間、ストーリー軸を「メディア戦略」描写にあてている。これは原作小説執筆の起点となったイラク戦争を反映した結果であろう。イラク戦争、及びブッシュ戦争とアルカイダの闘いは熾烈なメディア闘争でもあった。『国際メディア情報戦 (講談社現代新書)』に詳しいが、ブッシュ政権は支持者を増やすアルカイダ勢力に対抗する為に活発なメディア戦略を行い、広告代理店&PR企業からも人材を雇用している。2001年、アメリカ国務省は「広告界の女王」の異名を持つオグリビー社元CEOシャーロット・ビアーズを国務次官に招致し、アラブ世界でアメリカ肯定のCMを流した。他にも、大手PR会社ヒル&ノートンのワシントン支社長であったトリー・クラークも報道官兼広報担当国防次官補に起用しているし、政府直々に巨額を投資しアラビア語ニュースチャンネル「アルフッラ」を設立した。アメリカ国務次官を任された「広告界の女王」ビアーズは、アルカイダとのメディア闘争をこのように回顧している。
「敵の発信する物語は我々には許しがたいものですが、イスラム教徒にとっては魅力的なものなのです。これに打ち勝てる、感情に訴えるストーリーを作ることが必要でした。それは私たち政府にとって簡単ではありませんでした」
「ビンラディンの周囲には、とても有能でメディアに詳しいスタッフがいます。彼らがインターネットまで使って、歪曲されたメッセージを中東全体に広めているのに、それを打倒する力が私たちには足りなかったのです。……とても残念です」
-高木徹『国際メディア情報戦 (講談社現代新書)』Kindle版 54%-55%
ビアーズの役回りは『ハンガー・ゲーム』におけるPR戦略家プルターク・ヘブンズビーにあたる。彼女の発言は「政府によるメディア戦略/ストーリー作りは普通の物」という前提に立っている。描写の多くが「メディア戦略」に割かれる『ハンガー・ゲーム』は、このような現実の「戦争/紛争下のメディア合戦」を表したと言える。
又、『ハンガー・ゲーム』は軍事攻撃面でのイラク戦争も作品に取り込んでいる。カットニスの幼なじみであるゲイル・ホーソンは反乱軍に身を置く中で「非正当防衛の攻撃」「民間人爆撃」に手を染めてしまう。果てには「戦争広告戦略」の為に民間人を爆撃し、カットニスの妹を死に至らしめた。ゲイルは後にも先にも良識な人間である。「良識な人間を計画的殺戮に陥れる戦争の構造」を『ハンガー・ゲーム』は描いたのだろう。尚、イラク戦争でも米軍は戦争犯罪にあたる民間人攻撃を行ったとされ、推定死者50万~65万5千人のうち7割以上が民間人とするデータも存在する*2。他にも、イラク帰還兵を模したと思われるPTSD描写が見られる*3。このような凄惨な情報が絶えぬ戦争をベースにした『ハンガー・ゲーム』には、どんな正義があるのだろうか? 私は本作の結末に、なんらかの「正義」を感じることが出来なかった。
3.正義不在のハンガー・ゲームが語る真実
「圧政を打ち倒す反乱軍」映画と言えば『スター・ウォーズ エピソード4〜6』だ。『スター・ウォーズ エピソード6』のフィナーレは「正義の勝利」を祝う華々しいものだった。しかし、構図は同じ『ハンガー・ゲーム』はどうか。コインを殺め、世界を平和の方向へ導いたカットニスは無表情だ。そこに「正義を貫いた」といった達成感は無い。そもそも、カットニスからは「信じている正義」、「正義と信じる外的存在」の存在が感じられない。『ハンガー・ゲーム』には……少なくともその主人公には、確固たる「正義」が欠落している。
Steven ZeitchikがLos Angeles Timesに書いたように、カットニスは「独裁者の反対は必ずしも民主主義ではないこと」を学ぶ。これは自由選挙を掲げながら新たな独裁者になろうと企てていたコイン首相を指している。Zeitchikは他にもアラブの春を挙げる。アラブの春後、エジプト軍はデモ隊を強制排除し850人以上が死亡した。アラブの春でデモ隊リーダーは「“アラブの春”で倒したはずのムバラク政権が復活したかのよう」と例えた*4。『ハンガー・ゲーム』劇中でも、カットニスがコインを殺めなければエジプトのようになっていただろう。このような世界情勢、及びアメリカ国家機関が戦争/紛争で行ってきたこと、そして政府によるメディア戦略が公然の物と認知されている事象を考えると、『ハンガー・ゲーム』での「正義の不在」は当然だ。『ハンガー・ゲーム』は、イラク戦争がアメリカ社会にもたらした絶望、あるいは失望を見事に描き出している。
とにかく『ハンガー・ゲーム』には正義が無い。ただし、それでも「嘘ではない本当のこと」はある、という話なのだろう。それは隣人による愛情である。カットニスにとっては、妹の、母の、ピータの、そして悲劇的な別離を遂げたゲイルの愛情だ。嘘ばかりであると露見されたこの世界でも、人と人との交わりには真実が宿る(逆説的に、真実の愛を交わす人々を死に至らしめる戦争に正義は宿らない)。
参考資料
The Katniss factor: What the 'Hunger Games' movies say about feminism, and war - LA Times
The Hunger Games: Mockingjay, Part 2: Katniss Final Battle - NDTV Movies
'The Hunger Games': A Dark Horse Breaks Out
Will Julianne Moore's President Coin Hurt Hillary Clinton in 2016? (video!)
ハンガー・ゲーム FINAL: レボリューション/ゾーハンくんとユーリちゃん: 傷んだ物体/Damaged Goods
佐藤秀の徒然幻視録:ハンガー・ゲーム FINAL:レボリューション
イラク戦争で奪われた莫大な人命の犠牲- 総括をしないのは人類の汚点(伊藤和子) - 個人 - Yahoo!ニュース
中村隆市ブログ 「風の便り」 - イラク戦争の犠牲者 推定50万~65万5千人 7割以上が民間人
帰還後に自殺する若き米兵の叫び | アメリカ | 最新記事 | ニューズウィーク日本版 オフィシャルサイト
ノーベル平和賞受賞のチュニジアの団体 アラブの春から5年 「民主化」が生んだ混乱なおも(1/2ページ) - 産経ニュース
( インターネット資料は2015年12月13日に回覧 )
*1: 'The Hunger Games': A Dark Horse Breaks Out
*2: イラク戦争で奪われた莫大な人命の犠牲- 総括をしないのは人類の汚点(伊藤和子) - 個人 - Yahoo!ニュース / 中村隆市ブログ 「風の便り」 - イラク戦争の犠牲者 推定50万~65万5千人 7割以上が民間人 / イラク戦争における犠牲者数
*3:『ハンガー・ゲーム2』では殺戮から帰還したカットニスがPTSDに陥っている描写が見られる。恐らくはこれもイラク戦争を模した設定だ。映画『アメリカン・スナイパー』が描いたように、帰還兵のPTSDもイラク戦争で大きく取り沙汰された問題である。イラン&アフガニスタン戦争帰還米兵は毎日18人が自殺している統計があり、この数が減らなければ戦場での死者数を超すと言われている( 帰還後に自殺する若き米兵の叫び | アメリカ | 最新記事 | ニューズウィーク日本版 オフィシャルサイト )