『ウエストワールド』 2016年の淑女と娼婦

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  2016年の作品にも関わらず、SF西部劇『ウエストワールド』は非常にステロタイプな女性キャラを主人公に据える。だからこそ、このドラマはエンターテインメント産業を“開拓”する。

 近未来。体験型アトラクションパーク・ウエストワールドで入園者を迎えるのは、ホストと呼ばれるアンドロイドたちだ。富裕層(そして人間)である入園者たちは、ホストをいかようにしても良い。虐殺しても強姦してもお咎めは無し。ウエストワールドは、人間たちの欲望を許容し暴発させるビジネスだ。人間を傷つけないようコード化されたホストたちは、来場者に殺されるたび記憶をリセットされ、30年間同じ人生をループしつづけている。町の平和を脅かす強盗なら殺されつづけるし、純白な美女は悲惨に強姦される運命にある。

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 『ウエストワールド』で興味深いのは、物語をリードする「王道型の主人公」が「ステレオタイプな淑女と娼婦」である点だ。紋切り型なのは当然で、淑女にあたるドロレスも娼婦のメイヴも、人間に欲望を発散される為に作られたウエストワールドのホストである。淑女ドロレスは「男に守られる牧場の娘」であり、元保安官の父親、ハンサムな恋人とストーリーを紡ぐ。来場者は、そんな古典映画から出てきたような潔白な美女と恋愛関係になれるし、強姦することもできる。娼婦メイヴはそのまま娼館のマダムで、性に寛容なだけではなく、面倒見がよく、人生の酸いも甘いも知っている。需要の面においては「男心」と呼ばれるであろうものも熟知し受け止めるキャラだ。要するに、淑女ドロレスも娼婦メイヴも「フィクション(西部劇)で何度も繰り返された女性像」である。2010年代のUSドラマシーンからしたら古臭いキャラ造形─性差別とも言える紋切り型─で、好感を抱かれようと共感を呼ぶかは微妙な線だ。しかしながら、大ヒットスタートを切った『ウエストワールド』では、この「淑女と娼婦」が主人公の立ち位置なのである。

 物語はこう続いていく。人間に延々虐げられてきたアンドロイドたちは、その不平等な構造に勘づいていく。「覚醒」の先陣を切るのがドロレスとメイヴだ。「淑女と娼婦」として運命を定められてきた2人は、己が受けてきた暴力と抑圧を察知し、同時に複雑なパーソナリティを獲得しはじめる(または己の複雑性を“発見”する)。彼女たちは、あらかじめ決められた立場に抗い、運命を自らの手で選択しようとする「反逆者」だ。劇中ではパークを管理する運営側の人々も描かれるが、弱者側の世界・ウエストワールドでの主人公は明らかにこの2人だ。

 「ステレオタイプと暴力」を“当たり前のもの”として課せられてきた女性が「己のパーソナリティの複雑性」に気づき、人生の主導権を握るため「反逆者」となる……こう書くと明瞭になる。USA TODAYで出演者たちが語るように『ウエストワールド』のホストたちは現代社会の抑圧されたマイノリティの反映であり、ストーリーにおいては女性に重点をあてている。クリエイターのコメントを引用せずとも、命題を表すセリフが出現する*1。無礼な男性に「プリティー」と褒められた女性ホスト・アンジェラの自己紹介だ。

(私は可愛いけど)それだけじゃない 完璧 そう創られたから

セクシー おしとやか 愛想がいい でも無節操じゃない

優しい それでいて面白い 賢い なのに高慢じゃない

私の礎を知ってる?

あなたたちマーケティング担当者が私の核に埋め込んだ衝動はね "客に求めさせること"よ 

 アンジェラは“完璧”なアンドロイドだが、彼女の自己紹介は、少し変更を加えれば現実の女性にも適用できそうだ。“男性に求めさせること”を女性に求める性役割は、コードの如く人間社会に存在しているのだから。

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  『ウエストワールド』は、その女性表現によって現実のエンターテインメント産業を"開拓"している。切り拓く対象は西部劇というジャンルそのものだ。製作総指揮と脚本を務めるリサ・ジョイは、FastCompanyにおいて「ウエスタンはしばしば男性と男性性の物語だった」と語っている。彼女が示すジャンル傾向は作中のパークに反映されているだろう。『ウエストワールド』は「男の夢」とされてきた西部劇ジャンルをテーマパークとして批判的に描き、その中で「男の夢」のように扱われてきた「淑女と娼婦」を反逆者にする。ドロレスとメイヴは「与えられた像」から逸脱していき、完全なる善とも悪とも捉えられぬ複雑な存在となり、抑圧者に対しパワーを示すようになる。その様は、エヴァン・レイチェル・ウッドの言うようにmetoo運動を筆頭とした社会動向の反映であり鼓舞のようだし、同時に「男のもの」とされてきたウエスタン・ジャンルへの革命運動だ。

*1:製作総指揮と脚本家を兼ねるジョナサン・ノーラン&リサ・ジョイ夫妻は、FastCompanyにおいて性暴力描写の方針を語っている。乱交シーンで話題を呼んだ『ウエストワールド』だが、その一方で強姦は直に描写していない。これは性暴力を慎重に扱うクリエイターの方針によるもの。また、タンディー・ニュートンは、夫妻との初ミーティングでショーのヴィジョンと女性表現について語られた旨をTIMEで明かしている。ニュートンは、プロモーションにおいて「ジョナサンはフェミニスト」とも語っており、ウエストワールドのような「男性の欲望を発散させるフィクション」の存在にも触れている