『ゆらぎ荘の幽奈さん』に見られるジェンダー的配慮

 17年7月、週刊少年ジャンプ連載『ゆらぎ荘の幽奈さん』の性表現が議論を巻き起こした。この問題自体への自分の結論は出ていない。一方で作品を読んでみたところ、「セクシャルハラスメントを美化しない為のジェンダー的配慮」は感じられたので紹介したい。 

【目次】

1.『ゆらぎ荘』の基本設計

 『ゆらぎ荘の幽奈さん』の性表現展開における基本情報を載せる。

  • 超常現象が頻出する心霊テーマのラブコメ漫画
  • 多くの性的シーンは超常現象やアクシデント、幽霊や妖怪の手によって起こったもの、または自発的露出
  • 人間の男性によるセクシャルハラスメントは少ない
  • アクシデントで生じた露出や性的接触において男性主人公も被害者として描かれる(理由の例:相手の女性を傷つけないよう身体的反応を耐え抜く苦行、驚いた幽霊の女性に超常現象を起こされ怪我をする)

 アクシデントで生じた露出&性的接触において、男性主人公側も被害者のように扱われている。いわゆる「ラッキースケベ」展開は多いが、女性キャラのみならず主人公にとっても「アンラッキーな事故」なのである。又、性的展開の発端を「幽霊や妖怪などの非人間」に負わせる構成も多い。後述するが「人間の手によるセクシャルハラスメント」は「悪」とされることが多い。『ゆらぎ荘』は、(ときに問題とされる)女性キャラの性表現は確かに多いが、それと同時に「現実的な性暴力を肯定しない施策」が感じられる。以下、作中に見られるジェンダー的な描写を紹介する。

2.『ゆらぎ荘』に見られるジェンダー

  • セクハラは迎合されない

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 『ゆらぎ荘』の高校では、スカートめくりがセクシャルハラスメントとしてネガティブ認識される。高校の入学式で、主人公は幽霊が行ったスカートめくりの冤罪をこうむった。入学早々「スカートめくりをした男」と認識された主人公は男女両方の生徒に糾弾され、以降、高校では「セクハラ加害者」評に晒される事態となる。スカートめくりをした回以降も「セクハラ加害者」悪評が強調される。『ゆらぎ荘』の世界では「セクハラ被害に遭う女子を目前に喜ぶ男子一同」といった価値観がベーシックではない*1

 尚、「女性が露出してしまう事故に喜ぶスケベな男性キャラ」は主人公の親友として登場する。このキャラのハロウィン回での行動は計画的で意図的なセクシャルハラスメントにあたるだろう。

  • 意図的な非合意ボディタッチは制裁される

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 『ゆらぎ荘』での意図的な非合意ボディタッチは悪と設定される。作中で頻出する(人間の)悪役は「女性に非合意ボディタッチをする男」であり、女性に対する態度も侮辱的で横柄なキャラクター。定番と言える造形は「嫌がっている女性に威圧的なナンパを行う男性」である。このような悪役が登場した際、主人公は止めに入る。ときに、被害者の気持ちを汲んであえてことを大きくしないまま加害者から遠ざけるサポートも行う。

  • 性的目線に傷つく女性

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 『ゆらぎ荘』には男性の性的視線に苛まれ続ける女性キャラが登場する。ヒロインの1人である宮崎千紗希は学園のマドンナで、男性恐怖症のけがある。この女性キャラの「性的目線への恐怖」が重要な設定として描かれている。以下、6巻からの引用。

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  ここでは、「男性からの性的視線への恐怖」のみならず「それを嘲笑する親しい女性」の存在まで言及されている。この宮崎が主人公に恋したきっかけは、「絶対にセクシャルハラスメントを働かない男性である」と信頼できた為。その後、主人公には性的な目線を向けられても良いと感じ、自分の恋愛感情とある種の性欲を自覚する。作中では宮崎という女性キャラの性的視線への恐怖、性的行為への感情、それらの存在と変化が描かれている*2

  • “女らしさ”よりも個性と信念

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 バトル要素もある『ゆらぎ荘』には職業や生業を持つ強い女性キャラが多い。エリート女性忍者・雨野狭霧は「女らしくないこと」に悩んでいる。主人公は、彼女が「女らしくなること」よりもプロフェッショナルな道を選ぶことに好感を持つ。作品もそのことを肯定的に魅力として描く。又、性表現に力を入れる少女漫画作家の女性も「プロフェッショナルであること」が魅力として肯定的に描かれる。

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 主人公やヒロインたちが住むゆらぎ荘では「男は女を護り働く/女は家事」といった性的役割分業思想は無い。男性主人公は率先的に家事を行い、料理も上手い設定。住民には料理をしない、料理が下手な女性も存在する。ただし、主人公のコガラシは「妖怪や幽霊だろうと女は殴らない」主義。彼がこの信念を説明する際に男女をわける思想が登場する。

  • 女性と対等に接しサポートする主人公がモテる

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 『ゆらぎ荘』の主人公コガラシはモテる。人気女性キャラ9名のうち約4名に恋心を寄せられている*3。恋された動機は様々だが、単純に「護ってくれるから」「強いから」といったものではない。あくまで個人的な解釈だが、以下のようなパーソナリティと言動が「モテる理由」だと考える。

『ゆらぎ荘』でモテる男性主人公のパーソナリティ

  • 女性は殴らない主義
  • 女性蔑視的な言動は無く対等に接する
  • 最強の戦闘力を持つが霊能体質で苦労しているため驕らない
  • 他人の個性や信念への肯定&称賛をナチュラルなかたちで伝える
  • 自分より戦闘力が低い女性の特技や努力を細かく認識し信頼して仕事を任せる
  • 絶対にセクシャルハラスメントはしない人間という信頼感を持たれる
  • 他人の個性や信念への肯定&称賛をナチュラルなかたちで伝える
  • 隣人のふとした言動から心中を察し目立たぬかたちで助けようとする
  • 周囲から嘲笑されるリスクがあっても隣人を助ける
  • サポートした相手がそのことを気にかけない為のサポートも行う

  男性向けハーレム漫画の主人公にありがちと言われる「鈍感」とは反対だ。「気づかい」、「対等視」、「責任感」、「サポート」。このようなコミュニケーションをしているからこそモテるキャラクターとなっている。 

・女性キャラから信頼されている主人公

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 ラッキースケベ的展開にしても、よく被害者となる女性キャラは「主人公のせいではないこと」を知っている。その信頼を示すシーンが上記、5巻のシーン。女子更衣室に入ってしまったアクシデント回。男性の主人公が反射的に制裁されることはなく、「(お前のせいじゃないと)察しはつく」と言われている。この事件を起こした犯人は非人間の龍神族の女性・朧。この朧は戦闘力の高い主人公の子を欲しているため、堂々と子作りをせまるキャラ。「龍神族に人間の常識は通じない」設定があるといえど、この2人のかけあいだと男性が性暴力被害者のようになっている(良い話ではないが……)。

3.まとめ

 ネットで散見された『ゆらぎ荘』に対するイメージについて、個人の見解をまとめた。

  • 「女性が露出する事故に喜ぶ男性主人公」→誤り。主人公の反応は羞恥&困惑であり、一被害者として描かれている
  • 「鈍感な主人公がモテている」→誤り。主人公は他者を気づかい行動をもって他者を肯定するからモテる設定と言って良い
  • セクシャルハラスメントの美化」→個人的には誤り。高校でのスカートめくりは男子生徒にも糾弾される。非合意ボディタッチをする(人間の)男性は悪役の設定。ポップに描き処理する演出はあるが、ハラスメントの肯定や美化までは到達していないと考える
  • 「女性が非合意のまま羞恥する性表現が多い」→多いと言える
  • 「女性が非合意のまま羞恥する性表現ばかり」→比率の面で圧倒的優位かは断言はしかねる。非人間含め、女性キャラが自発的に露出&性的接触するパターンも見られる。事故による露出でも羞恥しない非人間キャラもいる
  • 「作中で女性が露出する事故が問題とされていない」→人による。ポップに処理する演出はあるが、主人公も一被害者として強調される側面がある為、個人的に判断が難しい
  • 「女性をただの性的対象物としている」→人による。議論テーマや対象範囲でも変動する。物語の文脈&作品が肯定する思想を対象にした場合、個人的には同意はしかねる。男性の性的目線に悩む宮崎のシーンが「ただの性的対象物としての女性描写」、「女性差別」とは思いがたい
  • 「性差別的な作品」→同上

 留意点を二つ書いておく。第一に、「話題となった扉絵」を肯定・否定する気はどちらも無い。本稿で紹介・見解提示の対象としたのは「物語の文脈や価値観」である。「性表現手法の問題性」を語る際、「物語の文脈や価値観」は別物とされる議論も存在すると考える。又、単純に肯定・否定派でわけたとしても様々な意見が存在し、どちらの側にも有用な意見はあると感じた。第二に、当記事で「『ゆらぎ荘』以外の男性向けハーレム恋愛漫画」の多くが「性差別傾向のある作品」であるとも呈さない。当記事を書くにあたって『いちご100%』『ToLoveる』等の同誌掲載の同ジャンルとされる最近の作品すら読み直していない為。他作品や雑誌の内容・傾向を語れるほどの情報量を持っていない。

 補足情報として、週刊少年ジャンプの読者層は16歳以上が70.8%。12歳以下は12.8%、そのうち9歳以下は3.2%と発表されている*4。ジャンプ系列雑誌で小学生以下の読者比率が高い媒体は最強ジャンプで、小学生読者率86.5%。又、女子向けとされる漫画雑誌の性的表現への問題視や議論も存在する。女子中学生ターゲティングの漫画雑誌『sho-comi』は2010年に茨城県有害図書指定を受けている。 

参考  

過激すぎる?「少年ジャンプ」のお色気表現に賛否 「息子には読ませない」「エロは成長に必要」 | キャリコネニュース

http://adnavi.shueisha.co.jp/mediaguide/2017/pdf/boys.pdf

全文表示 | 少女コミック誌の付録「あまい初体験BOOK」に賛否 「18禁コーナーへ」「なんか問題ある?」 : J-CASTトレンド

(2017年7月17受信)

*1:入学式のスカートめくり&肝試しでの性的接触事故はどちらも女性被害者が「学園のマドンナ」・宮崎なので、男子生徒の糾弾は嫉妬要素も入るかもしれない。又、入学式回では主人公に対して「スカートめくりするなよ〜」と厭味または茶化しのように声をかける男子生徒は描写されている。しかし「セクハラに一様に喜ぶ人間の男性陣」という描写は見られないはず

*2:メインヒロインの幽奈にしても、偶発的な性的接触のたびに拒否反応(ポルターガイスト)を起こしていた。ある日、その拒否反応が起こらなくなったことで「主人公との性的接触を望ましいものとして認識しはじめた自分」を認識する

*3:人気投票でTOP10に入った女性キャラ9名を指す。幽奈&千紗希&雲雀は恋心を自覚済み。狭霧も恋してるカウント。朧は「恋慕」までは行っていない領域とした

*4:参照pdf:http://adnavi.shueisha.co.jp/mediaguide/2017/pdf/boys.pdf