ドキュメンタリー『くすぐり』の皮肉な後日談

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 Netflix配信中の話題のドキュメンタリー『くすぐり』は、まさに劇映画のようだ。「変人」をネタする記者が、ある日「くすぐり競技大会」のサイトを発見する。そこで取材を申し込んだら、返ってきたのは拒否と罵倒。競技大会の管理人は「ホモ野郎なんかとつるまない」と差別語を浴びせてきた。……この「くすぐり競技」自体がゲイポルノ的なのに!? ますます興味を引かれた記者が取材を続行すると、管理人は裁判を起こしてきた。どうやらあちらは富裕層のようだ……こうして、主人公である記者は、国際的な違法ビジネスの“巨悪”と立ち向かう入り口に立った。

  『くすぐり』は本当に“面白い”ドキュメンタリーだ。記者が取材し、真実が明かされていく現実を映す映像であるのに、すでに「実話を元にした劇映画」のような出来栄えなのである。実際、主人公となる記者は序盤で“演技”をしている。ことのなりたちを説明するため自身が役者となって過去を再現しているのだ。『くすぐり』は劇映画のようだから単純にエンターテイメントとして面白く、多くの人にお薦めできる。ただし、その“面白さ”“演技性”は疑惑も呼ぶ。個人的な疑念に留まるが、時系列を弄ったように感じる節、やや“盛った”演出が感じられた*1。多少のフェイクや誇張も感じられる“面白い”ドキュメンタリー『くすぐり』。後日談を調べると、更に劇映画のような展開が待ち受けていた。そこには同じくして、制作側の“誇張演出”疑惑が香る。

【以下ネタバレ】

 『くすぐり』で違法ビジネスを行っていると糾弾されたジェフェリー・ダーマーは、この映画のあとも裁判を続けたようだ。なんと映画のプレミアに出現し、警察が駆けつける騒ぎまで起こっていた。そして2017年3月、ダーマーは55歳で急死した。『くすぐり』の主人公であり監督のデヴィッド・ファリアーは連名で追悼文を出した。

While making Tickled we always thought it was important to portray David D’Amato not just as an online bully, but as a person.

『くすぐり』製作中、私たちはデヴィッド・ダマートをただのネット荒らしではなく一人の人間として描くことが重要だと常に考えていました。(中略)

Like all of us, he was complex and complicated.

私たち全員と同じように、彼は複雑な人間です。

So we ask you to keep in mind that while David appears to have lived a fairly solitary life, he did have friends and family members. 

お願いがあります。彼は長年孤独の生活を送っているように見えますが、友人や家族を持つ人だったのです。それを覚えていてください。

 引用元:Statement on Death of David D’Amato | Tickled 

 ドキュメンタリーで「孤独な黒幕」として不気味に映されたダマートには、家族や友人も居たのだという。確かに映像中で親族や逝去した両親の存在は語られたがーー『くすぐり』製作側は、3年間もの取材の末に映画を完成させた時、ダマートに友人がいることは既に知っていたのだろうか? ダマートを「劇映画の不気味な黒幕」のように演出した方が確実にエンターテインメントとしては面白い。だから、友人がいるなんていう人間味のある側面は排除したんじゃないかーーあの演技的で“面白い”、最初から「フェイク」だった映像を見せられたあとだと、多少ドキュメンタリー側を勘ぐってしまう。

 『くすぐり』側がダマートを「不気味な黒幕」として過度に演出したからといって、彼自身の罪と疑惑が晴れるわけではない。違法ビジネスはもちろん正統に裁かれるべきだし、関係者たちに語られる脅迫は人々の人生を壊しうるし、異常だ。しかし、ドキュメンタリーの“演出”における問題性、そして我々がドキュメンタリーを見る際における注意点ーーそんな教訓ももたらす、なんだか皮肉な後日談だった。ちなみに、逝去したダマートは、この映画のプレミアで「ある面で私はこの作品を楽しんでいるんだ」と語ったそうだ。

参考資料

Kiwi filmmaker confronted by his own doco's villain

Statement on Death of David D’Amato | Tickled

David D’Amato Dead: Tickled Villain ‘Died Suddenly’ at Age 55 | IndieWire

*1:【ネタバレ】ラスト、ダマートの親族に電話をかける場面。ダマートのマンションの前なので、張り込みをしている時だったのでは? 「お宝」となったファイルはダマートとの会話のあとではなく前に見つかっていたが、ドキュメンタリーの面白さを重視する為に時系列を弄った疑問が生じる。又、ダマートの父親が代表をしていた弁護士事務所に電話をかけたシーン。そのあとに「関係者に電話したが皆彼を恐れてるようだった」といったようなナレーションが入るが、電話内容は流されないのでわからない。単純に面倒に思ったから主人公に冷たい態度をとった可能性だってある