『オブセッション 歪んだ愛の果て』レモネード創世記

 2009年イドリス・エルバ主演作。あのビヨンセが準主演キャストに加わったDIVAムービーである。

 ストーリーは不倫サスペンス。会社役員を務めるリッチなエルバは、職場の華だったビヨンセと結婚。ビヨンセは妊娠を機に専業主婦となり、進学を視野に入れながら幸せに暮らしていた。ビヨンセは美しく、リッチながらに上昇志向があり、夫を真摯に愛する “なんの文句もつけどころがない” 完璧な女性なのである。しかし、その幸福は音をたて崩れてゆく……。ある日、エルバの会社に明らかに怪しいサラサラヘアーの白人女が入社。エルバに言い寄った彼女はストーカーと化し、偽装不倫を仕立て上げる。不倫劇を信じてしまったビヨンセは傷つき、夫に怒る……。「元々女遊びが激しかった貴方に私が求めたものはただ一つ、誠実さだけだった(激怒)」……。

 ピンと来た人もいるかもしれないが、この映画はビヨンセの2016年製アルバム『レモネード』に酷似している。エルバが演じる主人公の設定は、現実でビヨンセと結婚したJAY-Z役みたいなもの。サラサラヘアーな白人女性との不倫疑惑でビヨンセが激昂する展開も『レモネード』と共通している。『オブセッション 歪んだ愛の果て』は、ビヨンセゴールデンラズベリー賞最低女優賞にノミネートされ、Rotten Tomatoesのスコアは19%だが、中長期的なビヨンセの脈動が感じられるため、ファン必見の作品と言える。『レモネード』の真相が本作と同じく「JAY-Zは冤罪のストーカー被害者」だったら怖いですね!

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(ストーカーのパンツを見た7年後、全米映画俳優組合主演男優賞を受賞したイドリス・エルバさん)

  肝心の映画だが、正直最初の1時間はそう面白くはない。エルバは「妻を真摯に愛するリッチな男性」、ビヨンセは「夫を真摯に愛する才色兼備の女性」、この完璧設定が延々に崩れない。主人公が妻を裏切らないにしても、夫婦間で多少のイザコザが起き、ちょっと不倫に揺れる……みたいなドキドキがあったら凹凸がつきそうだが……。しかし、これは完璧なビヨンセによる完璧な愛の映画なので、1+1は2であり、Smash Into You。揺らぎは無いのである。そんな「完璧な夫婦」の横で、ストーカー女がロングコートに隠したパンツをご開帳したりして頑張っている。 大方このような感じで主人公エルバがストーカー被害に苦しめられる1時間半が過ぎていく(主人公はエルバであり、ビヨンセはそこまで出演時間が多くない)。

 

【※以下、終盤ネタバレ】

 

 しかしラスト30分、映画は急展開を迎える。

 ストーカー女が夫妻の家の子供部屋に侵入した事件が勃発。異変に気づいたビヨンセマチュアとは思えない足の速さで子供のもとへと激走(伏線)。我が子を危険に立たされたビヨンセは怒りに燃える……。ここから、今まで主人公だったイドリス・エルバが空気となり、覚醒したビヨンセ主演のアクション映画が開始される。

 

 またしても邸宅に侵入したストーカー女、しのびよるビヨンセ……。トーカー女VSビヨンセ、殺戮のゴングが鳴り響く……。

 

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(カタギとは思えない目)

 

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(飛びすぎな人体)

 

 ビヨンセが主役となったあと、それまで1時間半も主演を張っていたイドリス・エルバはほぼ画面に映らないまま終幕。オブセッション 歪んだ愛の果て』は、ラスト30分で主人公が変わるドンデン返し奇作なのである。

 

〜考察〜

 “前半はスターのビヨンセが脇役で最後だけビヨンセが主演となるメチャクチャな構成”……何故こんなことが起こったのか……?最後だけエルバを抹消するなら最初からビヨンセが主役を張れば良かったのでは……? 謎は深い。

 ビヨンセの役を見ると、前半は「大人しく清楚な女性」、後半は「荒々しい怒りの女性」。これは映画公開の半年前にリリースされたビヨンセの3rdアルバム『I Am… Sasha Fierce』と同じ構成である。当時のビヨンセは複数の人格を所有しており、第一人格・ビヨンセがシャイな女性、第二人格・サーシャフィアースが怒りの女性という設定。2枚組アルバムではそれぞれの人格を表現した。よって、ビヨンセはアルバムと同様にーーまるでこれは3rdアルバムの映画化だと言わんばかりにーー『オブセッション』で「清楚女性」と「怒りの女性」両方を演じたがった疑惑が立つ。映画側がビヨンセの要求を呑むと “前半はスターのビヨンセが脇役で最後だけビヨンセが主演となるメチャクチャな構成” が出来上がる。「スターなのに前半脇役の謎」はビヨンセ自身が求めた……この可能性は捨てきれないだろう。

 理解不能な展開を遂げる『オブセッション 歪んだ愛の果て』は、Divaウォッチ面では納得のいく作品なのである。映画としては「イドリスもストーカー女も良い演技してるのにビヨンセだけ最悪」酷評されているが……「準主役=謙遜と見せかけて自らを地球の中心としか考えていない自己満映画出演」、これがDIVAムービーの真髄なのである。