自殺者を急増させた『13の理由』、シーン差し替えへ

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 2019年7月、Netflixの人気ティーンドラマ『13の理由』がシーズン1の自死シーンのカット差し替えを発表した。筆者が確認したところ、ほぼカットに近い。浴槽で手首を切った少女が苦しみながら死んでいく様を丹念に描いた該当シーンとその物議については『ネットフリックス大解剖 Beyond Netflix』で触れたが、該当エピソードが配信されたのは2017年春。つまり、2年前に批判されていた表現を今になって規制したかたちになる(当時Netflixは冒頭に警告映像を流す対処に出ていた)。なぜ今ごろ、ヒット作の内容を組み替える措置に出たのだろうか? おそらくは、批判が実現してしまったからだ。

  2019年4月末にリリースされた国立メンタルヘルス研究所等の調査結果によると、『13の理由』シーズン1配信後の9ヶ月間は10〜17歳アメリカ人が自殺が29.8%増加していた。自殺率の急上昇と作品の因果関係は明確にできないものの、リリース直後に著しい増加が見られている。同シーズンが配信された際、心理学者等のプロフェッショナルが警告したことは、フィクションの自死描写によって起こる自殺の伝染だった。この「ウェルテル効果」はとくに若年層が影響を受けやすいとされることから、子供たちのあいだでブームになった『13の理由』はトリガーになりうると警告されていたのだ。

 2018年時点では、Netflix CEOリード・ヘイスティングは強気の態度をとっていた。  「(シーズン更新は物議をかもすのではないかとする質問に対して)『13の理由』は議論を呼ぶ作品です。しかしながら、誰にも視聴は強制していません。我々はオンデマンド・サービスなのですから」 Varietyに言わせれば、「嫌なら見るな」とする姿勢である。翌年4月、前出の自殺率急上昇レポートが公開。3ヶ月後、Netflixはそれまでの姿勢を変えてシーンを差し替えた。

 『13の理由』自死シーン差し替えの理由は、単に批判を集めたからではなく、その批判どおり10代の自殺者が急増したことだと推測できる。調査を率いたジェフリー・ブリッジ医師は、AFPにて表現の問題性を指摘。「今回の調査結果で、同シリーズがメディアでの自殺描写をめぐるガイドラインを無視しているという懸念が確認された」。Sucked Awareness Voices of Educationのダン・ライデンバーグは、Washington Postに以下のように語っている。  「若者はフィクションと現実を切り離すことに長けてるとは言えません。精神的に苦しんでいる時はさらに難しくなります」。一方、青少年自殺研究コンソーシアムのレジーナ・ミランダは、Voxにて『13の理由』問題表現にまつわる報道合戦が自殺率急増の要因である可能性を指摘している。フィクションが現実にもたらす影響については日々語られているが、Netflix『13の理由』のケースは論議をさらに深刻化させるかもしれない。

『スパイダーマン:ファー・フロム・ホーム』現代っ子通過儀礼

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 "A boy becomes man." 少年が大人になる。この慣用句と類似する言葉は、『スパイダーマン:ファー・フローム・ホーム』中、そしてジェイク・ジレンホールのインタビューで発せられている。“親愛なる隣人”にふりかかる困難と通過儀礼……『スパイダーマン』シリーズお約束の成長劇がまたもややってきた。えらく複雑に、現実社会の私たちに隣接するかたちで。

【以下ネタバレ】

  『ナイトクローラー』よろしくミステリオは嘘つきだったわけだが、その伏線は「情報への不信」というかたちで撒かれていた。たとえば、MJは「ニュースが真実を伝えると思ってるのか」みたいなことを言う。プラハ編では、このセリフを反復するかたちで、ピーターが「ニュースが言ってるんだから間違いない!」と彼女に言い放つ。ここは笑いどころなわけだが、ギャグの前提には「ニュース番組の報道がすべて真実ではない」認識があるわけで、かなり2019年的センスだ。フェイクニュース問題が騒ぎに騒がれた2010年代を経た我々は、情報への疑念を当然とする環境にある。MCUヒーローそのものの虚構性を打ち出すようなヴィランの存在はもちろん、ご丁寧にジョージ・オーウェル1984年』やスマートフォンVPNの話まで出てくるあたり、報道媒体や国家機関ふくめて「情報への不信」描写が周到に張り巡らされている。

 そもそもこの映画、フェイクニュースで始まってフェイクニュースで終わっているかもしれない。開幕、高校生が作ったアベンジャーズ追悼ムービーにはキャプテン・アメリカも含まれているが、スティーブ・ロジャースは少なくともあの姿で死んではいない。エンドロール後に展開されるスパイダーマン糾弾特報も勿論のことデマ。状況も立場も影響も全く異りつつ、これら両とも、発信者は受け取った情報を「真実」だと捉えて流した可能性が高い。その勘違いを責めるべきだろうか? 我々の多くは上映中ずっと、ニック・フューリーとマリア・ヒルを本人だと捉えていたのに?

 前作『ホームカミング』は、トランプ支持者イメージのヴィランを丁度良いタイミングで描いたわけだが、『ファー・フロム・ホーム』もその点はバッチリだ。今はちょうどディープフェイク問題が過熱している。2019年のインターネットには、オバマ元大統領の罵詈雑言スピーチからK-POPスターのポルノまで、偽物とは思えない高度なフェイク映像が氾濫……というか、ディープフェイクの例としては、エンドロール後のリーク映像こそ最たるものになっている。まるで本物、マスメディアが信じても仕方のないクオリティ。我々はすでに、ミステリオ劇場の延長線に住んでいるのだ。

 ディープフェイクによってプライバシーを暴かれたピーター・パーカーは、今後さらにつらい目に遭うだろう。それを通過儀礼と呼ぶには酷だが、現実の子どもたちにしても、あぁした脅威と隣り合わせの青春を過ごしている。奇しくもゼンデイヤが主演した『Euporia』でも描かれたように、自分のポルノ画像が拡散されるリスクにまで晒されているのだから*1。ゆえに、ミステリオの「君は信じすぎだ」という指摘と罠は、若き観客たちの成長をうながす言葉でもある。「無闇にものを信じてはいけない」、大人から若者へ代々言い継がれてきた教えは、ここ10年で一気に重みを変えてしまった。今回、ピーター・パーカーは「人を信じて」被害を負い「簡単に人を信じないこと」を学んで大人になる。同時に、秘密を共有する仲間との信頼も深めていくのだから、やっぱり王道の青春譚なわけだが。

 

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前作レビュー

*1:2010年代後半、英米ティーン・ドラマで繰り返し描かれるモチーフが「画像の拡散被害」である。特に女子に関しては、『13の理由』『セックス・エデュケーション』等でヌードやそれを思わせる写真が学内で拡散してしまう問題が提起されている。

『プラダを着た悪魔』虚栄のヴォーグ市

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 変な映画だ。2000年代最大のファッション映画であることは間違いない。世界中のファッション・アディクトたちのバイブルでもあるだろう。それなのに、この映画はファッションの虚栄をグロテスクにうつしだし、最後は靴やジャケットやベルト“なんか”への執着は下らないかのように突き放す。

 『プラダを着た悪魔』は王道の仕事映画だ。ジャーナリスト志望の主人公アンディが、一流ファッション雑誌編集部で働くことになり、きらびやかな職場で「ダサい」だの「デブ」だの叩かれながら成長していく。最初はファッションに関心が無かった彼女だが、だんだんとオシャレになって仕事に愛着を持ち始め、一方恋人や友人とは距離ができはじめる……主演アン・ハサウェイも先輩役のエミリー・ブラントスタンリー・トゥッチもみな素晴らしいが、なんといってもこの映画といえばメリル・ストリープ演じるミランダ・プリーストリーだ。あきらかにVogueのアナ・ウィンターがモデルの悪魔編集長はこの映画を支配している。彼女こそ、本作で描かれる華々しきファッション界そのものなのだ。

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『アメリカン・クライム・ストーリー/ヴェルサーチ暗殺』なにが彼を殺したか

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 開始早々、それは起きる。加害者は傷つき孤独な、金のなさそうな青年。一方、被害者は今なお最高のラグジュアリーを誇るブランドの創業デザイナーで、御殿というに相応しいバブリーな別荘で優雅に朝を迎える。要するに、殺人事件の被害者ジャンニ・ヴェルサーチと加害者アンドリュー・クナナンは対極に位置していた。貧乏な若者がスペシャルで裕福な年長者を射殺。『アメリカン・クライム・ストーリー/ヴェルサーチ暗殺』は、開始早々、残酷なほどに2人の格差を見せつけていた。ただし、アンドリューが暗殺に出る前に寄った公衆トイレで、その格差の均衡はすこしだけ揺らぐ。その汚い便所にはこんな落書きがあった。

“Filthy Faggots”

(汚ねえホモ野郎) 

 そこは1997年アメリカ。ジャンニとアンドリューは、厳しい差別に遭う男性同性愛者としての身分をともにしていた。

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2019年メディア寄稿集

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2019年のメディア寄稿リストです。 Part2はこちら→ http://outception.hateblo.jp/entry/work2019re

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CINRA.NETELLE Japan, FUZEReal Sound, 文春オンライン

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映画とTVの融合と『ビッグ・リトル・ライズ』、メリル・ストリープ (TIME Magazine)

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コメント:アメリカの映画とTVドラマの距離感にまつわるTIME記事のメモです。内容をかいつまんでおり個人的解釈・文体も入れてるので、資料にはしないほうが良いです。

 2017年、HBO『ビッグ・リトル・ライズ』により「映画は芸術/TVは格下」といった見方は消滅した。オスカー女優のリース・ウィザースプーンニコール・キッドマンが企画を立ち上げて製作・出演したこのドラマのシーズン2には、アカデミー賞最多ノミネート数を誇る──つまりはアメリカ映画界が誇る最高の俳優──メリル・ストリープがキャスティングされている。こうした映画スターのTV出演は、まったくもって珍しいものではなくなった。2019年アカデミー賞で主演部門を受賞したラミ・マレックオリヴィア・コールマンはTVドラマで有名になった役者だ。2度目の助演男優賞を得たマハーシャラ・アリの姿はHBO『トゥルー・ディテクティブ』で確認できるし、同賞の常連名優エイミー・アダムスサム・ロックウェルミシェル・ウィリアムズもTV仕事に就いた。極めつけには、hulu『Catch-22』におけるジョージ・クルーニーのドラマ復帰の報は大した話題にならなかった(※クルーニーはTVドラマ出演者から映画スターへの「成り上がり」代表格とされてきたオスカー俳優)。

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ガンビーノとカーディBのリッチ・コンセプト リベラル・ポップはMoney Moves ?

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 グラミー賞受賞につづきコーチェラ・フェスティバルのヘッドライナーも務めてイケイケ状態なチャイルディッシュ・ガンビーノさんがadidasとコラボ・スニーカーを出したのですが……

 スニーカーは3点とも“ほつれ”が施されたダメージド的加工がポイント。ガンビーノの声明は以下。
「リッチとはコンセプトだ。このプロジェクトでは、自分自身の足でいかにストーリーを語るか考えてほしかった。価値を決めるのは、着ているものではなく、その人それぞれの経験だ」 
 “Rich is a concept” なる第一声は『Guava Island』で彼が発した “America is a concept” と被さっています。後者についてはReal Soundで紹介しましたが、映画にしてもadidasコラボにしても「資本/マネー主義へのアンチテーゼ」と受け止められます。しかしながら、気になる点は、そもそもファッションにおけるダメージドやユーズド加工は「金持ちの贅沢品」とされてきたことです。「労働階級が履きつぶしたようなスニーカーやジーンズをわざわざお金を払って買う行為」こそヴァニティなラグジュアリーと言われたわけで。その代表格であるSaint Laurentは現在も汚れ加工されたスニーカーを販売しており、5万円はくだらない、10万円近い価格設定が並んでいます。ガンビーノのadidasコラボは1万円程度の価格設定ですが、それでも「それなりのお金を出してダメージド加工された商品を買う行為」自体はラグジュアリー・ブランドと変わりはない。
 「ラグジュアリーの象徴」とされてきた「ダメージド加工」を「アンチ・ラグジュアリーなメッセージ」に転換させるスターと大企業のコラボ商品。なんだか、これこそ「リッチとはコンセプト」という言葉の本懐な気がするわけです。ビッグなプラットフォームで言葉巧みにいいかんじのメッセージ(つまりコンセプト)を発信すれば、憧れそして仮想敵としての「富」の概念はグルグルと回すことができる。ケチをつけるわけではないんですが、ダメージド・デザインの普及を感じさせるとともに思想”トレンド”も考えさせる事案だなぁと。 もうひとつ、キャピタリズム関連の"トレンド"を感じさせるニュース。ガンビーノと同じくナンバーワン・ヒットとグラミー賞を手にして絶好調なラッパー、カーディBが大型ビューティー・イベントBeautyconでトークショー。彼女のキャラクターに関してはRolling Stone Japanで紹介しましたが、ストリッパーからの成り上がりキャリアを活かした「スラング連発の明け透けマネートーク」がヒットしたセレブリティでもあります。実際、このトークショーのテーマは彼女の代表曲『Bodak Yellow』からの引用 “Making Money Moves” 。「なにを言われようと稼ぎつづける」と主張をつづけるカーディですが、ここでも歯に衣着せぬ物言いで「人気ブロガーの技を盗む」「実家住まいを恥じることない、家賃分を貯金できる」などアドバイスしていますね。そして、このトークショーの聞き役となったBeauty Con CEOモジュ・マダラは、印象的なイントロデュースを発信してます。
「『ビューティコン』にはここ数年、“美”を再定義したい人々の多様な文化が集結してきた。次のステップは、金銭的なリテラシーを知ること」
 ある意味カーディ以上に明け透けなような……。うがった見方をすると「人種やら体型の多様性ブームだったけど、これからはお金関連が来る!」みたいなビジネス・トレンド宣言とも受け止められます。もちろん、単純に「多様性はかつての流行」としたわけではなく、フィナンシャル・リテラシーこそインクリュージョン促進やセクシズム解消を進めるにおける重要な一歩、という意味合いが強いのですが。このシフト・チェンジにおいて「格差社会におけるサバイバル術をリアルに伝えるカーディB」がまさに持ってこいなセレブリティであることは言うまでもありません。

 現実問題、アメリカにおける若年層の悩み事の筆頭には「経済環境」があがりがちですし、とくにミレニアル世代の白人は親世代より稼げない「燃え尽き世代」と言われます。ワシントンにおいても、2016年大統領選挙では社会民主主義カラーのバーニー・サンダースが人気を博し、トランプ政権期はアレクサンドリア・オカシオ・コルテス(AOC)が大人気。このAOCは2019年「ソーシャル・ジャスティスと経済・環境の正義をつなげる」要旨の演説かましたわけで「多様性の次は金銭的リテラシー」と語ったBeautyCon CEOはリベラル若年層の世相を読んだと言えるでしょう。ガンビーノは「アンチ・リッチな文化系」、カーディは「格差社会をサバイブする荒くれ者」みたいなイメージで、一見交差しないように思えますが、両とも「経済問題意識が強まるリベラル時勢」を象徴するスターかもしれません。

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