『ゆらぎ荘の幽奈さん』に見られるジェンダー的配慮

 17年7月、週刊少年ジャンプ連載『ゆらぎ荘の幽奈さん』の性表現が議論を巻き起こした。この問題自体への自分の結論は出ていない。一方で作品を読んでみたところ、「セクシャルハラスメントを美化しない為のジェンダー的配慮」は感じられたので紹介したい。 

【目次】

  • 1.『ゆらぎ荘』の基本設計
  • 2.『ゆらぎ荘』に見られるジェンダー
  • 3.まとめ

1.『ゆらぎ荘』の基本設計

 『ゆらぎ荘の幽奈さん』の性表現展開における基本情報を載せる。

  • 超常現象が頻出する心霊テーマのラブコメ漫画
  • 多くの性的シーンは超常現象やアクシデント、幽霊や妖怪の手によって起こったもの、または自発的露出
  • 人間の男性によるセクシャルハラスメントは少ない
  • アクシデントで生じた露出や性的接触において男性主人公も被害者として描かれる(理由の例:相手の女性を傷つけないよう身体的反応を耐え抜く苦行、驚いた幽霊の女性に超常現象を起こされ怪我をする)

 アクシデントで生じた露出&性的接触において、男性主人公側も被害者のように扱われている。いわゆる「ラッキースケベ」展開は多いが、女性キャラのみならず主人公にとっても「アンラッキーな事故」なのである。又、性的展開の発端を「幽霊や妖怪などの非人間」に負わせる構成も多い。後述するが「人間の手によるセクシャルハラスメント」は「悪」とされることが多い。『ゆらぎ荘』は、(ときに問題とされる)女性キャラの性表現は確かに多いが、それと同時に「現実的な性暴力を肯定しない施策」が感じられる。以下、作中に見られるジェンダー的な描写を紹介する。

2.『ゆらぎ荘』に見られるジェンダー

  • セクハラは迎合されない

f:id:outception:20170712154933p:plain

続きを読む

『オブセッション 歪んだ愛の果て』レモネード創世記

 2009年イドリス・エルバ主演作。あのビヨンセが準主演キャストに加わったDIVAムービーである。

 ストーリーは不倫サスペンス。会社役員を務めるリッチなエルバは、職場の華だったビヨンセと結婚。ビヨンセは妊娠を機に専業主婦となり、進学を視野に入れながら幸せに暮らしていた。ビヨンセは美しく、リッチながらに上昇志向があり、夫を真摯に愛する “なんの文句もつけどころがない” 完璧な女性なのである。しかし、その幸福は音をたて崩れてゆく……。ある日、エルバの会社に明らかに怪しいサラサラヘアーの白人女が入社。エルバに言い寄った彼女はストーカーと化し、偽装不倫を仕立て上げる。不倫劇を信じてしまったビヨンセは傷つき、夫に怒る……。「元々女遊びが激しかった貴方に私が求めたものはただ一つ、誠実さだけだった(激怒)」……。

 ピンと来た人もいるかもしれないが、この映画はビヨンセの2016年製アルバム『レモネード』に酷似している。エルバが演じる主人公の設定は、現実でビヨンセと結婚したJAY-Z役みたいなもの。サラサラヘアーな白人女性との不倫疑惑でビヨンセが激昂する展開も『レモネード』と共通している。『オブセッション 歪んだ愛の果て』は、ビヨンセゴールデンラズベリー賞最低女優賞にノミネートされ、Rotten Tomatoesのスコアは19%だが、中長期的なビヨンセの脈動が感じられるため、ファン必見の作品と言える。『レモネード』の真相が本作と同じく「JAY-Zは冤罪のストーカー被害者」だったら怖いですね!

f:id:outception:20170605135858g:plain

(ストーカーのパンツを見た7年後、全米映画俳優組合主演男優賞を受賞したイドリス・エルバさん)

続きを読む

ドキュメンタリー『くすぐり』の皮肉な後日談

f:id:outception:20170315142540p:plain

 Netflix配信中の話題のドキュメンタリー『くすぐり』は、まさに劇映画のようだ。「変人」をネタする記者が、ある日「くすぐり競技大会」のサイトを発見する。そこで取材を申し込んだら、返ってきたのは拒否と罵倒。競技大会の管理人は「ホモ野郎なんかとつるまない」と差別語を浴びせてきた。……この「くすぐり競技」自体がゲイポルノ的なのに!? ますます興味を引かれた記者が取材を続行すると、管理人は裁判を起こしてきた。どうやらあちらは富裕層のようだ……こうして、主人公である記者は、国際的な違法ビジネスの“巨悪”と立ち向かう入り口に立った。

続きを読む

『パッセンジャー』の改変されたオリジナル版ラスト / 強姦神話としての眠り姫からアダムとイヴへ

f:id:outception:20170408185911p:plain

 映画『パッセンジャー』のラストは大きな論争を呼んだ。実は、この作品の脚本は多くのアカデミー作品賞&候補作を輩出したブラック・リストに入っていた。そして、その栄誉あるオリジナル脚本のエンディングは公開されたリリース版と大きく異なっていた。本稿ではオリジナル版エンドの概要を紹介し、個人的な考えを付け加える。

【目次】

  • 1.『パッセンジャー』のオリジナル版エンド
  • 2. リリース版:強姦王子と眠り姫
  • 3.オリジナル版:アダムとイヴとノアの方舟
  • 参考資料

1.『パッセンジャー』のオリジナル版エンド

 リリース版とオリジナル脚本の内容は8割方同じと言われている。大きく異るのはラスト、ガスが死んでからの展開。Slash Filmで紹介されたおおまかなオリジナル版プロット概要を紹介する。

続きを読む

村上春樹が語る国際人気の理由 / 真実が死んだ世界の『騎士団長殺し』

f:id:outception:20170325104135p:plain

 村上春樹がみずから語った「自作の国際人気の理由」を紹介する。彼は、国々の社会情勢がムラカミ作品の需要を作ったと語っている。又、インタビューから8年経った2017年に出版された『騎士団長殺し』がいかに国際社会、および人々の精神とつながっているかの所感も加えた。

【目次】

  • 1.村上春樹が自ら語る国際人気の理由 
  • 2.『騎士団長殺し』が伝える真実が死んだ現代の生き方 
  •  参考資料

1.村上春樹が自ら語る国際人気の理由 

  村上春樹はなぜ国際的な人気があるのか? この問いについては様々な解答が存在すると思うが、実は村上春樹自身が見解を語ったことがある。2009年に刊行された『モンキービジネス』の誌上インタビューにおいて海外人気について触れているのだ。 

 村上春樹の見解では、村上作品の世界人気は国際社会情勢に要因がある。彼が海外で広く受け入れ始めたのは冷戦が完全に終結してから。既存の体制が崩壊し、世界の秩序は大きく揺らぎ、様々な要素が対立しだした。そんな不確実でカオスな世情に村上作品が呼応した。箇条書きのまとめを後述するがーー「リアリティの喪失」も大きなキーワードとなっている。日本や独露のみならず、アメリカの人々も「自分がいる世界」への「リアリティ」を失いつつある。この感覚は、村上春樹が多く描いてきたもののように思う。例えば、最新作『騎士団長殺し』の以下の台詞に象徴されるように。

我々の人生においては、現実と非現実との境目がうまくつかめなくなってしまうことが往々にしてある、ということです。その境目はどうやら常に行ったり来たりしているように見えます。

 引用元:村上春樹騎士団長殺し :第1部 顕れるイデア編』 p.305   

 以下、村上春樹が語った国際社会情勢と彼の人気にまつわる意見を端的にまとめた。 

 【村上春樹が語る国際人気の理由】

続きを読む

2017年メディア執筆記事一覧

 

GINZA No.237 恋する2月号

magazineworld.jp

 『GINZA No.237 恋する2月号』様にてセレブ・カップルについて寄稿させていただきました。Amazonやhontoなど、電子版も上記サイトより販売中です。

【おしながき】・カイリージェンナーと恋の錬金術師タイガ・JLoとドレイクとディディの因縁・オーランドの魔法にかかったケイティペリー・世界一セクシーなライアンレイノルズ夫妻・恋と仕事に活かせるマライアキャリーの強さ

GINZA (ギンザ) 2017年 3月号 [ロマンスに気をつけろ] [雑誌]
 

連絡先

執筆のご依頼などありましたらメール、ブログのコメント欄、ツイッター等でご連絡ください。

Mail: tatsumijunk @gmail.com

  (お手数ですが、アットマーク前のスペース消去をお願いします)

Twitter: @TTMJUNK  https://twitter.com/TTMJUNK

続きを読む

『この世に私の居場所なんてない』 世界からくだらないと扱われる私の大切なもの

f:id:outception:20170306160945p:plain

サンダンス映画祭審 査員対象受賞作 Netflix独占配信

 その日の主人公は嫌なことだらけだった。看護助手をしている治療施設で、患者の老婆が抗議運動をする黒人のニュースを見てこう言った。「あいつらがアメリカを蝕んでる、あいつらのデカいチンコは絶対に私のマンコには挿れさせないよ」。そして老婆は死んだ。遺族には最後になにか言っていたか訊かれた。主人公は何も答えなかった。仕事帰りにバーで読書していたら他の客にネタバレをされた。家に帰ったら庭に犬のフンがあった。「犬のフン禁止」と標識を出しているのに。そして家に入ったら泥棒が入っていた。警察を呼ぶも、盗られたものはPCと亡き祖母の銀食器だけ。警察が扱う事件としては小さな被害だった為、捜査が丹念に扱われる気配は無かった。刑事は主人公に対して戸締まりはちゃんとしていたか確認してきた。警察の職務としては当然かもしれないが、主人公には不満が残る。つらい想いをした主人公は友人に家に出向く。そして友人の幼い娘に絵本を読んでいる時、泥棒の話をしてしまい、女児の前で泣いてしまう。友人は優しかったが、こう諭してきた。「あなたより不幸な人は沢山いる」。確かにそれは事実だろう。事件を担当した刑事も同様のことを言ってきた。でも、主人公にとって、おばあちゃんの銀食器は大切なものだったのだ。

続きを読む