『アメリカを荒らす者たち』真相考察

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【※本稿にはラストのネタバレが含まれています】

 Netflix製作モキュメンタリー『アメリカを荒らす者たち(American Vandal)』の真相にまつわる考察を紹介する。内容の多くはダナ・シュワルツによるEW記事『American Vandal: Who drew the dicks?』を参照・意訳している。

2つのクリスタ犯人説

 『ハノーバー高校落書き事件簿』で最も容疑が濃厚な人物。それは学級委員長クリスタ・カーライルだろう。本稿も対象を彼女に絞り、彼女から関係者や協力者を探る。まず、radditやTwitterで浮上した「クリスタ犯人説」2つを紹介しよう。 

  • 名前説

 作中、容疑が濃厚とされたクリスタとその恋人ヴァン。この2人のフルネームを並べてみよう。

Christa Carlyle & Van Delorey

 →  CAR-VANDEL 

 Car Vandal(車荒らし)」 、これに近い言葉が2人の名前に挿入されている。そして、本作の原題は「American Vandal。キャラクタの名前という基本設定に真犯人のヒントが隠れている。 

  •  骨折偽造説

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 作中提示される2枚の写真において、クリスタのギプスが逆になっている。これにより単独犯の可能性を潰す要素だった骨折が偽造だった可能性が浮上。ただし、EWのシュワルツはこの説に懐疑的だ。オールラウンドに優秀な学級委員長がそんな恥ずかしい偽装を行い、そんな愚かなミスを侵すだろうか? 写真のどちらかが鏡映された可能性が高いと記している。確かに、彼女は花形のサッカー選手でもある。「右足と左足のギプス」を間違えるだろうか?

 インターネットで浮上した「名前説」と「骨折偽造説」。この2つがどうだとしても、クリスタ犯人説には複数の情報が揃っている。

クリスタ犯人説の概要

 もう1つの考察紹介に入る前にーー本編で提示された「クリスタ犯人説」を簡単にまとめる。クリスタは学級委員長で、パブリックな抗議活動をつづけていた。ペニスの落書きがいくら「学級委員長キャラ」に合致せずとも、大きなデモストレーションは彼女の専門分野だ。

 クリスタとラファティコーチには因縁がある。まず、クリスタはアメフト部の試合と同じ日に抗議活動を行った。のちにクリスタがアメフト部の入部試験を受けた際、彼女はキッカー志望にも関わらずタックルを入れられた。飛ばされて倒れた彼女にラファティは何かを言っていた。卒業後、ピーターたちから何を言われたのか訊かれたクリスタは「言いたくない」と拒否した。

 ピーターとサムはこう推理した。クリスタは、ラファティの「生徒に対する不適切な行為」を学校に報告した。しかし、その報告は無視され、ラファティは年間最優秀教師の座を学校から与えられた。怒った彼女は車荒らしに出た。アリバイ工作は恋人のヴァン・デローリーに頼んだ。そのまま彼と学校に行き、ヴァンが車にスプレーでペニスを描き、放送部の自分が監視カメラのデータを消去した。クリスタは放送部だから簡単に放送室に入り、データを消せる。以上が本編中に提示された「推理」だ。……しかし、それですべてだろうか?

クリスタの動機と陰の被害者

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 EWのダナ・シュワルツの考察を紹介する。ピーターとサムの最終的な推理だがーーラファティコーチが何を言ったにしても、それをクリスタが「不適切な行為」として報告したのだろうか? 試合後、彼女はすぐには沈黙しなかった。アメフト部の一員となり、練習初日の様子がInstagramに掲載されている。そしてクリスタは非常に遠慮なく意見を発する人物だ。ラファティが「不適切な行為」に出た場合、彼女はそれを「公なかたちで大規模な社会問題」にするのではないだろうか?ーー「不適切な行為」を受けた生徒がクリスタではなかった場合を除いて。   

 もし、ラファティの「不適切な行為」が、本当は他の女子生徒に行われていたら?   

 もし、ラファティが、サラ・ピアソンに性的ハラスメント又は性的暴行を行なっていたら?

  初登場時、人権活動家で学級委員長のクリスタはシャピロ先生にカンニング告発を強要された女子生徒から相談を受けていた。

 ラファティの事務所を荒らした犯人がマッケンジーではないと仮定しよう。元々、事務所をうつした写真はフラッシュメモリに入れられ、放送室に届けられた。この放送局に入れる人間はたった10人。そのうちの1人がクリスタだ。マッケンジーがあの写真を撮って放送局に届けたとは考え難い。それがクリスタならば理にかなっている。おそらく、ラファティの事務所に書かれたメッセージは、マッケンジーの母についてではなかった(“stick your dick somewhere else”)。

 アレックスの嘘以来、サラ・ピアソンは物語の中心にいつづけたが、彼女の重要性は探られなかった*1。結局、彼女は事件当時は家族とサンディエゴに居たがーークラズはラファティがある生徒と寝ていたことを示唆していた。その生徒は、クラズが唯一性的対象として見た生徒、サラ・ピアソンだったのではないか? クリスタはラファティとサラの関係を知ったが、サラを困らなせない為、問題を公にする気はなかった(最終話のアレックスとピーターのように)。そして数ヶ月後、学校は問題を静かに却下した。クリスタは学校の信念の欠如に憤怒しただろう。彼女は、深入りせず簡単な方法で学校の調査システムの欠陥を主張したかった。だから彼女は求めたのである。「27のペニス」を。「学校が無価値な調査をする状況」を。調査機関の欠陥を知らしめる為に。作中では広範囲に話題になるドキュメンタリーが配信されたがーーピーターが話題を作らずとも、クリスタ自身が同様の結果を導いた可能性がある。実際、彼女は「FREE DYLAN」運動を行い、Tシャツまで制作していた。

戦術クラブと陰の協力者

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 クリスタによるラファティと学校への復讐。この計画に参加動機を持つ人物があと一人だけ居る。謎の「戦術クラブ」構成員パット・マッキンノンだ。この「謎の戦術クラブ」メンバーはクリスタとパット2人だけだ。サマーキャンプ中にサラと親密になり、彼女のセックスリストに仲間入りしている。彼がラファティに嫉妬していたのであれ、サラを護りたかったのであれ、ただ自警団の正義の提唱者だったのであれーーパットは車に落書きする係だった可能性がある。

私見:イメージに囚われる物語を反復するファンたち

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 インターネットで「真犯人」と疑われているキャラはクリスタ以外にも居る。例えば、ドキュメンタリーを製作する主人公「ピーター犯人説」。彼の映画館アリバイは証明されていない。学校の事件を暴くドキュメンタリーほど彼の評判をあげる方法があるだろうか? ほかにも「パット犯人説」「ラファティ関与説」など、ファンによって沢山の推理が語られている。このネット論争で興味深いのは、作品自体で描かれた「問題」を視聴者がそのまま実践していることだ。

 『アメリカを荒らす者たち』製作者トニー・ヤセンダとダン・ペローの2人は、IndieWireにおいて「ピーターは犯人の正体に90%の確信を持っている」と語った。勿論、クリエイターである2人は100%の確信で真相を知っている。しかし、あえて正解は出さなかった。視聴者は『ハノーバー高校』を観ても100%の確信は得られない。これは、製作陣が「100%の確信を得ることができない現実世界」を作品に反映した結果だ。完全な確信を得られなかったファンたちは、真相を考察し推理する。しかしながら、作品は意図的かつ密接に「確信を得られない造り」になっている。情報の断片は多いが、結局ファンたちの推理は「想像」の粋を出ることができない。本稿で紹介したシュワルツの論も「確信なき想像」に過ぎない。「階段に洗剤を流す危険な社会運動をしていたクリスタは事務所荒らしや落書きもやりかねない」ラファティコーチなら噂通り女子生徒に性的関係を求めかねない」……これらの「想像」は、程度の差こそされ、作品で問題視された「他者のイメージに囚われた決め付け」「その流布」になってしまっているのではないだろうか?

 『ハノーバー高校落書き事件』で表された「問題点」には以下のようなものだろう。

  • 人はみな嘘をつき誇張する
  • 人はみな「イメージ(偏見)」にとらわれる
  • 「イメージに囚われた視点」の流布は発信者が意図しないかたちで他者を傷つける場合がある

 ハノーバー高校落書き事件簿』は、人々が持つ他者への「イメージ」、その「流布」の「暴力性」を暴いている。なんてことない会話にも、責任あるはずの捜査機関にも、ネットの人々の反応にも、それぞれ「イメージ」による隔たりが生じており、その「流布」には「暴力性」が付随している。作中、ネットで「明らかに見た目が怪しい」と言われ、ドキュメンタリーでもそのように扱われた清掃員を覚えているだろうか?

 主人公のピーターは「イメージに囚われ断罪する人々」を批判するつもりでドキュメンタリー製作を始めた。そのなかで、彼は自分自身も「イメージ」に囚われていたことに突き当たる。最終的には、自分の作ったドキュメンタリーが無意識のうちに他者への暴力性を孕んでいたことに気づく。ピーターのなりゆきは、「ミイラ取りがミイラになった話」というより、「ミイラ取りをしようとした者が自分たちはみんなミイラであることに気づいた話」にうつる。我々は「イメージ」に囚われることから逃れられないのだ。他者を傷つける視点を発信したい「欲望」からも、恐らくは逃げられない。この作品の「真相」を語る視聴者たちも主人公と同様の穴に嵌る。『アメリカを荒らす者たち』の考察をネットで語る熱心なファンたち、そしてこのブログは、作品が描いた「人間の業」を反復するかたちで実践してると言えよう。非常によくできたドキュメンタリー風刺のコメディであり、人間の普遍的問題を提訴する力を持つと同時に今日的な青春ドラマだ。

参考資料

www.netflix.com

American Vandal: Who drew the dicks?

Netflix’s American Vandal: Creators Talk About the Ending & Season 2 | IndieWire

American Vandal Reddit Theories Who Drew Dicks

Who Really Drew the D**** in "American Vandal"? We Have Some Alternate Theories and Suspects · Student Edge News

 

Netflix邦題変更に従い、作品名表記を『ハノーバー高校落書き事件簿』を『アメリカを荒らす者たち』に変更しました(2018年9月27日)

*1:シュワルツの意見に私も半ば賛同するが、キャラ個人として深掘りされずともサラの存在は作品にとって重要である。サラ・ピアソンは「美人のクイーンビィ」、この代表的な「イメージ」を破壊する存在だ。彼女は複数の生徒から「イケてる男しか相手にしない美人」という「イメージ」を持たれていたが、実際にはパットと性的関係を持っていた。最終話では、地味な男子にすぐさま人工呼吸を施し人命を救った。サラ・ピアソンというキャラクターは、「イメージ」で行動を推測できるほど人は単純でないことを如実に表している。又、作品の1テーマとなっている「ドキュメンタリーの暴力性」を直接指摘する役どころも担った。あのドキュメンタリーで傷を負った人物はディランだけではないことが印象づけられる