『オレンジ・イズ・ニュー・ブラック』レイシストもレイピストもいいやつ

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 女性刑務所を舞台とする『オレンジ・イズ・ニュー・ブラック』は「犯罪者であってもみな人間」ということを描いている。殺人犯もドラッグディーラーも児童誘拐犯もそれぞれ事情を抱える人間である。ここまでは多様性の面で評価を手にするNetflixの看板作品と聞けば予想がつくだろう。本作の突出した点は、いわゆる反差別思想の対極に在るとされる差別者なども「悪人と言い切れない人間」として細かく発信しているところだ。

【目次】
  1. オレンジ・イズ・ニューブラックの差別者たち
  2. 「みんな(大体)いいやつ」の難しさ

1.オレンジ・イズ・ニュー・ブラックの差別者たち

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 今日のアメリカ的リベラリズムの「対極」、または「敵」とされがちな存在 も『オレンジ・イズ・ニュー・ブラック』(以下『OITNB』)のメイン・キャラクターに加わっている。同性愛差別者、女性差別者、レイピスト、排外的で差別的な宗教保守信者、ネオナチ白人……そんな錚々たる面々が揃う。例えば、メインキャラクターである刑務所職員のヒーリーはレズビアンは世界征服を企てている」などという陰謀論を本気で説く同性愛差別者かつ女性差別者だ。それと同時に、彼は精神疾患を負う母親にネグレクトされた挙句「治療を受けてる時の私と受けてない時の私はどちらが好きか」という質問に答えたら母に失踪された息子であり、出会い系サイトで結婚した妻に金づるとして酷い扱いを受け続けている男性だ。ヒーリーは、同性の元恋人と親密にしていただけの主人公を恐ろしい独房行きに処する。それだけでなく、危険な囚人に主人公が殺されかけている現場を目撃しながら見捨てた。理由は嫉妬と差別感情だ。明らかに職権乱用および職務放棄であり、それ以前に人道として間違っている。しかし、彼を「悪人」と断言できる人が視聴者に何人いるだろう?

 他にも、多くの囚人たちを命の危険に晒す規模の違法横領をはかった権力者フィゲロアだって可哀想なところがある。差別的で排他的な宗教信仰に染まったペンサタッキーは人を助けたい気持ちを持っているし、成長している。レイピストも過ちを煩悶し苦しむ。差別者や加害者である彼らが「いいやつ」な面を持っている複雑な個人だからこそ、彼らの発する加害および差別的言動は「一つ一つの行動」としてその重さを増してゆく。

2.「みんな(大体)いいやつ」の難しさ

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 本作には、多くの作品で「悪人」とされがちな過激思想を持つ人々が多く登場する。彼らの中に「他人を傷つけても心を痛めないような悪人」はほとんど存在しない*1。差別者もレイピストも他人を傷つけたと気づいた時に罪悪感を覚えたり煩悶したりする。それらの思想に至ってしまった事情もあったりする。それぞれを個人としてフォーカスすると、みんな「いい奴」とは言い切れずとも「いいところもある奴」と感じさせる造形なのだ。「相手にとって良いこと」と思って行ったことが受け手に大きな傷をもたらす場合ある。「多くの人間が悪人ではない」のに「受け手を深く傷つけ時に死に至らしめる行為」が発生してしまう。そんな集団の難しさが描かれているのがこのシリーズだ。私は、差別的言動をする者たちの複雑な人間性も描く『OITNB』が、人々が陥りがちな“自分と異なる思想の持ち主たちを悪魔化してしまうバイアス”に「ちょっと待て」を言ってくれる、そんな気がするのだ*2*3

 集団の難しさを描く『OITNB』から希望を貰うとしたら、人が人をサポートする姿はかくも美しいことだ。不平等なき共存が難しいからこそ、人種に深くこだわっていたアフリカ系グループが孤立していたアジア系のソーソーを迎え入れるシーンが感動的に響く。

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Grade: A

参考文献

*1:シーズン2には「他人を傷つけても心を傷めないような人間」が登場するところもポイントとなる。ネタバレとなるが、保護者として育てた青年を性交した直後に殺したビーはそんな人間だったのだろう

*2:補足すると、私は「差別的言動」を問題とする姿勢は否定しない。「差別的言動を行う人間」を自動的に「完全な悪人」とする悪魔化は危険があると考える

*3:『OITNB』は反差別思想によって生じる問題も描いている。豊かな家庭出身で白人のパイパーが「白人だから一時出所が許された」と人種起因のブーイングをされた際に反論したシーンはそれにあたるだろう。また、人種差別をたびたび糾弾し、時に差別問題を意図的に利用しているような黒人グループも「黒人が差別をしないというのは嘘だ」と語っている。レッドがヒーリーに投げた「白人男性はセクシャルマイノリティでないと弱者にはなれない」といった発言もある面でアメリカ社会の現状を突いている皮肉かもしれない