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辰巳JUNKエリア

ニワカを極めるブログ

母なる証明 破壊される母の偶像

映画

 映画『母なる証明』は現実社会が抱く“母親偶像”を壊そうとする。しかしながら、映画の中では“母親”の持つ息子偶像が変容してゆく。 いわば現実と作中、合わせて2つの「母の偶像」に亀裂が入るのである。

【目次】
  1. 破壊される「社会」の「母親」偶像
  2. 崩壊しゆく「母親」の「息子」偶像 

1.破壊される「社会」の「母親」偶像

 『母なる証明』は社会が抱く「母親偶像」を破壊する映画だ。おそらく、韓国ではより一層のインパクトを持つ。主人公である母親を演じる女優は韓国社会で「国民の母」と呼ばれ尊敬されるキム・ヘジャその人だからだ。ヘジャは「韓国ドラマ・ファンで見たことが無い人はいない」と言われるほど多くの母親役を演じてきた。韓国調査会社の『もっとも好きな芸能人ランキング』では首位を獲得している*1。彼女の笑顔が印刷された『まごころをこめたキム・ヘジャ弁当』は韓国のコンビニ弁当の代表格としなっている。まさしくキム・ヘジャは韓国における「国民の母」なのだ。「国民の母」を主演に据えた『母なる証明』は、韓国社会において「母の偶像」みずからが「母の偶像」を破壊するインパクトを持つ。

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  「母親偶像」を破壊する『母なる証明』がいかなる映画かというと、非常に性的な要素が多い。「性的要素」の構成についてはポン・ジュノ監督自身がネタバレ含み解説しているので注記に引用しておく*2。ひとつ例を挙げると、前半で若者同士のSEXを目撃した母親が性的興奮するようなシーンが挿入される。当該シーンについて監督はこう語っている。

キム・ヘジャさん本人がセックスシーンを撮影してもいないのに、(彼女が若者のSEXを)目撃しただけでも新鮮に感じさせられますよね。私たちは無意識のうちに母親という存在を、キム・ヘジャという人をセックスと隔離させようとしていたのです。結局は、息子は父親とのセックスで生まれたのですから。それがとても皮肉なことだということを見せたいと思ったのです

 引用元:『母なる証明』ポン・ジュノ監督 「メロドラマは年をとってから」│韓国映画│韓国ドラマ・韓流ドラマ 韓国芸能ならワウコリア ※括弧部分は筆者追記

 多くの実子を持つ「母親」は「性交」によって「母親」になった。実子主義傾向の強い保守的な社会において「母親」の始点は「性」である。にも関わらず「母親」と「性」を分離させようとする社会のステレオタイプは矛盾している。これは日本でも類似する面があるだろう。母なる証明』は、ステレオタイプの大きな矛盾を暴きだし社会の「母親偶像」を解体する映画なのだ。そして更に皮肉な構造がある。作品としては現実社会における「母親偶像」の破壊を試みながら、物語自体は「母」が子に抱く強固な「偶像」の崩壊を描いてる点だ。

【※以下、物語の重要なネタバレを含みます】

2.崩壊しゆく「母親」の「息子」偶像 

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(立ち小便をする息子の性器を凝視する母親)

 『母なる証明』は、警察のずさんな捜査によって殺人犯とされた知的障碍を持つ息子の為に母親が奔走する物語だ。主人公である母親は息子ドジュンを逐一サポートしようとしており、近所では「過保護」と有名。「あの親子は寝てるのではないか」と噂されており、実際に言葉の通り同じ布団で寝ている。監督によると、この母はドジュンのことを「いろんな男」として見ているのだという。主人公にとってのドジュンは「子」であると同時に弟、恋人、友人、夫も入り混じった「偶像」なのだ*3この併行不可能に思える5つの認識は、親子のコミュニケーションにおかしさを生んでいる。特に、立ち小便するドジュンの性器を母親が凝視するシークエンスは印象的だ。ドジュンは既に大人の体格をしているのだが、まるで幼児期の子供のそれを見る不均衡がある。この母は、ハンディキャップを抱える息子が「女性とSEXできるはずがない」と思っているようだ。そのことを息子に言い放つようなシーンもある。息子に恋人や妻ができることは想定に入れていないのである。一方でドジュン自体は「一人前の男性」と見られたい節が強く、忘れやすく怒りやすい。

 ドジュンが殺人罪で逮捕された際、彼のことを「虫も殺せないような子」と思っている母親は無罪を信じ事件の捜査を始める。結局は息子こそ真犯人だったと判明してしまい、隠蔽のために目撃者を殺害する。数日後、ほかの知的障害者が逮捕され、彼に冤罪をかぶせるかたちでドジュンは釈放される。自らの手を殺人に染め、冤罪被害者までも出してしまった母親は苦悶する。しかし地獄は終わらない。釈放されたドジュンが、ある日「渡したい物がある」と言ってくる。彼が差し出したのは、母が殺害をはたらいた廃屋で落とした鍼道具だ。その廃屋が“自分が犯した殺人の目撃者が殺された場所”と知っているはずのドジュンは母にこう伝える。 「あの廃屋で拾ったんだ 落としちゃ駄目じゃないか」 

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 母親は、息子を恐れている、または「息子が恐れる対象なのかもしれないこと」に怯えているような表情だ。ドジュンの「落としちゃ駄目じゃないか」とは、どのような意味なのかーー純粋無垢な善意か。または、殺人事件のミスの指摘か。それはこのような問いにも繋がる。ーードジュンは本当になにも知らないのか? それとも、己の殺人と母の殺人、そして第三者の冤罪まで理解しているのか? 私が最たる地獄を感じる事象は、結局はドジュンがどこまで知っているかはわからないことだ。記憶障碍を抱える彼は物事をよく忘れ、そして時に思い出す。母親が犯した心中未遂を急に思い出したのだから“真相を思い出し気づく”可能性は十二分に存在するのだ。そして、母を拒絶し罵ったあと、再びそれを忘れ、また思い出すループも予想できる。息子を愛するあまり不義理を重ねた母は、これから息子に怯えつづける生活を送るのかもしれない。彼女がドジュンに抱いていた「虫も殺せない子供」、「子であり恋人であり夫」などという偶像は実質的に不成立になったと思われる。

 『母なる証明』の母親は、息子への愛、依存、「偶像」視で生きる活力を得ていたような人だ*4。「息子が他人とSEXできるはずがない」なる決めつけ、及び「息子像」は、ある種「息子」を「性」から分離させている。社会による「性」と分離された「母親像」も、主人公による「SEXができない息子像」も、結局は対象を「(SEXをするような)1人の独立した人間」として見ていないことを意味するのかもしれない*5。ドジュンを「1人の独立した人間」として認識できていなかったからこそ、彼女はもう大人になった息子の性器をまるで幼児のそれを見るように凝視できていたのかもしれない。そして、息子が性欲をきっかけに人を殺した今や、彼女が息子のそれをそのように見つめることはもう無いのかもしれない。ラスト、ドジュンに殺人の物証を突きつけられた母は黙って立ち去る。バスに乗り、息子から渡された鍼で「嫌な記憶を忘れるツボ」を押す。そして踊る。地獄だろうと、命あるかぎり人生はつづくのだ。時間は戻せないし止められない。大きくなった息子の性器がそれを証明するように。

参考資料

母なる証明(字幕版)

母なる証明(字幕版)

 

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*1:リサーチ専門機関韓国ギャロップの調査。2位は「国民の父」と呼ばれる男優チェ・ブラム。ヘジャとブラムは22年間つづいたドラマ『田園日記』で夫婦を演じていた。「国民夫婦」が頂点に立ったかたちとなる '국민부부' 김혜자-최불암, '한국인이 좋아하는 탤런트' 1-2위 :: 네이버 TV연예

*2:ポン・ジュノ「パソコンの前に座るドジュンがジンテに代わる場面では、寝ることの出来ない若い男性から、寝ることの出来る若い男性にかわるという意味にとることができます。ジンテとミナがセックスする場面を見た後だから、この感じがさらに強まります。そうしてこの映画ではどんどん母親を女性として認識させるのです。始めはドジュンが母親と一つのベッドに横になり、胸をさわる。その後母親がジンテのセックスを盗み見し、女子高生の生理用ナプキンの話が出て、結局事件に関係あると思われる老人がいる小屋に行きます。この話の中では、ストーリーから離れているようにも見えますが、これも一つの大きな流れなのです。その後、母親が老人の上に乗り、まるでセックスの体位のように座る。そして、クライマックスで顔に血しぶきを浴び、血に染まった床を拭く」  終盤、老人の小屋に行った母親は腿への鍼治療の話を出したことで露骨に性的興奮をされる。このエピソードを伏線としたラストでは、母親の白く細い太腿がエロティックに映し出される  引用元:ポン・ジュノ監督「ネタバレ? 今は話すことができる」 - INTERVIEW - 韓流・韓国芸能ニュースはKstyle

*3:『母なる証明』ポン・ジュノ監督 「メロドラマは年をとってから」│韓国映画│韓国ドラマ・韓流ドラマ 韓国芸能ならワウコリア

*4:補足すると、「偶像」視は良くないことかもしれないが、主人公を攻めきれない面は多分にある。まずシングルマザーとして貧困のなかハンディキャップを抱える子供を育てる辛さ。そして、韓国警察の捜査にしても暴力的で雑すぎる。記憶障害を抱えるドジュンが母親のサポート無しでは酷い目に遭いそうなところも本当。彼の自立を促す方向性はお金、または支援が無いと難しそうであるし、この映画の裏には社会問題が横たわっている

*5:映画『母なる証明』は、社会の「母親偶像」を否定するように、主人公の「息子偶像」も皮肉っている。冤罪を被せられた知的障碍者もまた「SEXできるはずがない」と言われていた。理由は「不細工」だから。彼は女子高生を売春しSEXしていた。「不細工」と罵られる彼と異なり、ドジュンは美形の設定。(ルッキズム的な物言いになるが)「“障碍を抱えているから”ドジュンは美形でもSEXできない」という母の断定は、冤罪被害者の登場によって矛盾を皮肉られる構成