グラミー賞主要部門の投票システム:音楽ジャンル別の格差疑惑

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 グラミー賞の「人種差別」疑惑への批判は、ここ3年の最優秀賞アルバム部門の話題を中心に熱を帯びた。アワードの幹部や会員に差別バイアスがあるかはわからない。しかしながら、主要4部門の投票システムにおいて「音楽ジャンル」別に格差がある可能性がある。

【目次】

1.物議をかもした3年間の最優秀アルバム部門

  グラミー賞の「人種差別」疑惑が話題だ。カニエ・ウェスト、ケンドリック・ラマー、ソランジュ、フランク・オーシャンなど多くの有名黒人アーティストが怒っている。この議論を活発化させたのはビヨンセの2017年度最優秀アルバム部門の敗北。当該部門で勝者となったアデルは、受賞者として名前を呼ばれた瞬間から悲しげな表情をし、スピーチでビヨンセを讃え、のちにビヨンセが獲るべきだった」コメントした。こうなるとアデルとビヨンセ2人にフォーカスしがちになるが、グラミーの「人種差別」疑惑はここ3年間の最優秀アルバム部門で膨らんでいったと思われる。以下が最優秀アルバム部門のここ3年間の受賞者、そして有力候補だった落選者の一覧。年間売上順位はBillboard、批評スコアはメディア批評集計サイトmetacriticsの数値を引用した。 

 【グラミー最優秀アルバム賞 物議を醸した勝者と有力候補だった敗者】

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 勝者を見ると、16年テイラー・スウィフトと17年アデルは年間1位の売上を記録している。絶対的な売上を誇っているのだから「評価より売上が認められた受賞」と説明できる。問題は2014年のベックだ。セールスは年間60位。セールスは年間2位のビヨンセが圧倒的だった。彼自身もビヨンセが獲ると思っていた」とコメントし、サプライズ受賞とされた。ベックは秀でた音楽家である。受賞アルバムはセルフ・プロデュースであり、多くのプロデューサーを制作陣に揃えたビヨンセとは対極だった。ゆえに15年の受賞理由は「売上より評価が認められた受賞」と語られた。しかしながら、またしてもビヨンセが最有力候補と扱われた17年、そして前年ケンドリックの敗北は「評価より売上が認められた受賞」と語られた。ビヨンセの2つの落選は、15年と17年で「評価>売上」、「評価<売上」と推測される理由が逆転しているのである。この3年間に限れば、グラミー賞最優秀アルバム部門の推定基準は「売上」でも「評価」でも説明がつかない。ただし「人種」ではわけると「評価と売上に関わらず白人が勝ち黒人が負ける」図が生まれてしまう。

 ここ2年のビヨンセとケンドリックは、多くのメディアに年間1位アルバムとして絶賛されていた*1。ゆえに注目度、そして最優秀アルバム賞獲得への期待度が高かったのである。2人が不遇とされる一方、グラミー賞の最優秀アルバム層は10年代に行われた7個中4つがアデルとテイラーの2人に与えられている。アワードの「傾向」をわずか3年で決めつけることはサンプル不足だと強調しておくがーーこのようにして、同部門の「黒人不遇」印象は年々強まった。The New Yorkerは2010年代の主要4部門*2を振り返り「最たる受賞者傾向:白人」と書いた。グラミー賞の運営や幹部、会員それぞれに人種差別バイアスがあるかはわからない。しかしながら、選考システムを調べると「音楽ジャンル」に関する“格差”の存在が指摘されている。

2.ジャンル別に格差ある投票システム 

  グラミー賞の投票システムを説明する。投票権を持つのは全米レコード芸術科学アカデミー(NARAS)の約1万3000人の会員。まず会員の投票でノミネート候補者を15-20人選出し、そのリストに基いてグラミー賞の審査委員会が5候補を決める。NARSの投票者郡は、アーバン、カントリー、ロック等、専門の音楽ジャンル別のブロックにわけられている。各ブロックの投票者は己の専門ジャンルへの最大15個の投票権利を持つ。これはグラミー賞が「作品の品質」に基づく評価を重視する為である。クラシックからダンス・ミュージックまで、多くのジャンルを扱うアワードにおいて、非専門ジャンルへの投票が増えると「知名度」が有利になってしまう。ゆえに「作品評価」を絶対の評価基準とするグラミー賞は投票者を各専門ジャンル別にわけているのである。ここまでは良いシステムに思えるがーー主要部門においては問題が生じている。

 問題は、主要4部門は全会員が投票できることだ。そして音楽ジャンル別の投票者ブロックには規模の違いがあると言われている。トム・シルヴァーマンによると、非専門家からの投票が多いグラミー主要4部門は、新進ミュージシャンより知名度の高い者が有利となりやすい。彼は投票ブロックの規模格差についても語った。年齢層の高いアカデミー会員の構成は、カントリー・ブロックが最大派閥でアーバン・ブロックは最小派閥なのだという。投票権を持つ音楽ジャンルの専門家数に格差があるのだ。「グラミーではカントリーが有利」とする風評の論拠はこの派閥規模にあると思われる。グラミー賞選考委員会のアトランタ支部元会長のジャーメイン・デュプリは、HIP-HOP専門家およびR&B専門家、そして若者の数が極小である状態を批判した。これらの投票者構成が事実であるとするとーー音楽ジャンル別に投票者数の格差がある為、最小派閥であるアーバン・ミュージックは主要部門で不利となると思われる。特に高齢の非専門家たちにとって魅力がわかりにくい「新進的アーバン・サウンド」は、知名度と専門家からの評価、そして売上が高くとも票を集めにくい可能性がある。 

3.投票システムからのバイアス考察と改善案

 グラミー主要部門は、投票システム上「非専門家の高齢者に魅力がわかりやすい音楽」が有利なのかもしれない。筆者個人の完全なる印象に過ぎないが、例としては12,17年年アデル、15年サム・スミス、02年アリシア・キーズ。又、非専門家からの投票数が多いため「知名度の高い作品」に票が集まる傾向は関係者に認められている。近年は不遇扱いされているビヨンセは、10年にヒットシングル『Single Ladies (Put a Ring on It)』で主要部門を受賞した。又、14年に最優秀新人賞を受け論争を生んだマックルモア&ライアン・ルイスも、対抗馬のケンドリックより売上が高く魅力がわかりやすそうである*3。そしてアワード関係者の提議が事実だとしたら「ジャンル」格差も自然と生じていそうだ。カントリー専門家が最大票田となっている為、10年&16年テイラー・スウィフトのようなカントリー畑の歌手は票を集めやすく有利になっている可能性はあるかもしれない。反して最小票田のアーバンは、特に「非専門家にわかりにくい魅力」の場合、相対的に不利となるのではないか。主要部門で“サプライズ落選”扱いされた15年&17年のビヨンセ、11年&15年のケンドリック・ラマーのアルバムは、この可能性に当てはまる作風だったのかもしれない。

 今回のバックラッシュに対しアワード側が打てる策で浮かぶものは、投票者構成のジャンル別格差是正だ。近年、R&BHIPHOP等のアーバン系音楽は批評家から高く評価される作品が多い。グラミー賞が「作品評価主義」を名乗るならば、複数の関係者に「少なすぎる」と批判されているアーバン系専門の会員数を増やし、他ジャンル会員との規模格差を是正したほうが良い。前年グラミーと同じく人種差別バイアスを批判されたアカデミー賞「会員構成に多様性を増やす」と発表した。……ただし、今回の批判騒動を受け、Pitchforkに「アカデミー賞のように会員構成の多様性を増大しようとしているのか」と問われたNARS会長は、こう断言した。アカデミー賞は問題を抱えているかもしれないがグラミーには同じような形ではそのような問題は無い。我々はメンバーシップの多様性を常に促進している」彼は同インタビューでメンバー構成の「民主」性を強調している。民主主義を尊ぶのならば、各ジャンル・ブロックの規模程度の開示も一つの選択ではなかろうか。NARSの審査委員会には不正疑惑も報じられており、かねてから「不透明」性が批判されてきた。

補足:不透明な審査委員会の不正疑惑

 「不透明」と批判されるグラミー賞の審査過程には不正疑惑も報じられている。

  • ノミネート作品を最終決定する審査委員会はときに投票で上位20位にも入っていない候補をノミネート候補にする。理由は投票で不利となる知名度が低い作品を正統に評価する為と語られるが、不透明な審査過程が批判の的となっている*4
  • 14年、13年の2年にわたり最優秀ダンスレコード賞と最優秀ダンスアルバム賞で投票で選ばれなかった候補がノミネートされたとWSJが報じている
  • レミー・マーは「グラミー賞のノミネートはいつもは内部の政治で決まってしまう」と語った
  • 2011年に本命ジャスティン・ビーバーを押しのけ最優秀新人賞をサプライズ受賞したエスペランサ・スポルディングは、当時アルバムを3枚リリースしており、そもそも「新人賞」候補にあたるのかと物議をかもした。審査委員会に彼女を最優秀賞新人賞に押す「大規模部隊」が前年度から存在したとWSJが報じている

  以上は「匿名リーク」「些細な発言」「証拠は示されていないもの」である為、信憑性はわからない。

おわりに

 正直言うと、15年と16年度はビヨンセかケンドリック、せめてどちらかに獲ってほしかった想いはある。ただし、個人的に、2017年のアデルの受賞は順当だと考えている。『歴史上もっとも売れたアルバムTOP100』にランクインした2010年代のアルバムはアデルが最優秀アルバム賞を受けた2枚だけだ。「売上がすべて」とは言わないし、その基準はグラミー賞の基本理念にも反しているが、販売枚数のみでもアデルは非常に突出したシンガーと言える。彼女が壇上で泣いた理由はわからないがーー今回の最優秀アルバム部門は非常にビヨンセへの期待が大きかった。裏を返せば最有力候補であるアデルは「受賞濃厚だが獲るべきではない」といった風にメディアに報じられていた。現在、彼女はグラミー賞への批判で「白人優位アワードでの受賞者例」として何度も名前を挙げられてしまっている。単純に可哀想だ。自分が最優秀アルバム部門の受賞者だと知った瞬間、顔にシワを寄せ泣きそうになっていた彼女が忘れられない。様々な不満と疑惑を生んでいるグラミー賞主要部門。冷静に見ると、音楽ジャンル別に投票者数の格差が現存するのならば、その是正が必要だと考える。感情的には、折角の光栄な場で、表彰されたミュージシャンたちにつらい想いはしてほしくない。

参考資料  

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 グラミー賞は黒人女性歌手には狭き門? ビヨンセ受賞逃し波紋 写真6枚 国際ニュース:AFPBB News

グラミー4冠のマックルモア、無冠のケンドリック・ラマーに「君が授賞すべきだった」 | bmr

GRAMMY Awards Voting Process | GRAMMY.org

Grammys 2017: Adele Wins Album of the Year, Says It Should Have Been Beyoncé | Pitchfork

Thundercat’s Love Advice for Valentine’s Day | Pitchfork

Discord Lingers in Grammy Nomination Process - WSJ

Let’s Imagine a Better Grammys - The New Yorker

Beyonce's Country Song 'Daddy Lessons' Rejected by Grammys - Rolling Stone

https://www.nytimes.com/2017/02/06/arts/music/grammys-best-rock-performance.html?_r=0

Music Industry Pundits Respond to Steve Stoute's NYT Ad | Hollywood Reporter

Jermaine Dupri And Others Respond To Steve Stoute's Grammy Ad | HipHopDX

5 Reasons Why Adele Won Album of the Year Instead of Beyonce - Rolling Stone

Grammy President: 'I Don't Think There's a Race Problem' - Rolling Stone

Grammy Awards: Beck Has Lowest-Selling Album of the Year Winner Since 2008 | Billboard

Top Billboard 200 Albums - Year-End 2014 | Billboard

Top Billboard 200 Albums - Year-End 2015 | Billboard

Top Billboard 200 Albums - Year-End 2015 | Billboard

Top Billboard 200 Albums - Year-End 2016 | Billboard

Grammys Secret Committee Torpedoes Black Artists, Village People Singer Claims | TMZ.com

100 Best Selling Albums of All Time (Updated for 2017)

*1:metacriticsが批評を集計した年間ベストアルバムでは、ケンドリック・ラマー『To Pimp a Butterfly』とビヨンセ『Lemonade』は1位獲得数で年間首位 Best Albums of 2015 - MetacriticMusic Critic Top 10 Lists - Best Albums of 2016 - Metacritic

*2:グラミー賞の主要4部門(top4)は最優秀アルバム賞、最優秀レコード賞、最優秀楽曲賞、最優秀新人賞

*3:ケンドリックは2014年に主要部門である最優秀新人賞をヒップホップ・デュオのマックルモア&ライアン・ルイスに敗れている。ラップ・カテゴリーも彼らに敗北し無冠に終わった。マックルモアが白人ということもあり、この時もグラミー賞に「人種差別」疑惑が向けられた。よって、ビヨンセと同じくケンドリックも主要部門のサプライズ落選を2度経験している。マックルモアは2017年のアデルと同じように「ケンドリックが勝つべきだった」と明かし「彼から賞を奪ってしまった」とまで言い切った

*4:審査委員会ノミネート会議の例:11年度にラップ部門を征したマックルモア&ライアン・ルイスは、ラップ部門審査委員の大半が「ラップ部門から除外してポップ扱いにすべき」だとラップ部門のノミネートに反対していたとAP通信ソースで報じられた。17年度のビヨンセはロック・カテゴリとカントリー・カテゴリにもエントリーを提出。審査委員会では「ビヨンセはアワードを制覇しようとしている」等の意見があがり議論が激化したとNYTが報道。結果、ロック部門はノミネートし、カントリー部門は除外した