ケンドリック・ラマー『DAMN.』ピュリッツァー賞の意義/芸術と認められたHIPHOP

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 CINRA.NET様に寄稿させていただいたリオン・ブリッジズ記事で触れた、2018年USブラックカルチャーの躍進と波乱。その中で大きく報じられたケンドリック・ラマー『DAMN.』のピュリッツァー賞受賞は、どのような意義があったのか?

 2018年ピュリッツァー賞音楽部門の選考委員レジーナ・カーターのインタビューがThe Atlanticに掲載されている。カーターはクラシック音楽を学んだのちJazzに移行した世界的ヴァイオリニストだ。インタビューでは、ピュリッツァーの審査過程、『DAMN.』製作に多くの人々が関わっている問題、カーター自身のケンドリック評などが語られている。記事のラスト、彼女はピュリッツァー賞についてこのように語っている。

ピュリッツァー賞の授与は、その対象がアメリカのアートフォームの一部だと呈することを意味します 

 『DAMN.』受賞の大きな意義はここにあるだろう:ピュリッツァー賞HIPHOPをアメリカの芸術形式だと認めた。1943年に始まったピュリッツァー音楽賞の受賞作品は、クラシックとJazzの2ジャンルに限られていた*1。「存命中の黒人」受賞者に限ると、65年から95年まで一人もいない*2。そこに現役ラッパーのケンドリック・ラマーが加わったのである。有名アワードとその権威を無批判に肯定するわけではないが、今だに軽視されるHIPHOPにおけるビッグ・モーメントと言えるだろう。選考委員のカーターは、かつてクラシックからJazzに移った際、教師から「それは本当の音楽ではない」と侮辱された経験を語っている。このような言葉はHIPHOPにも浴びせられているが、今回のピュリッツァーによって姿勢を改め、作品を聴こうとする人々が出てくるかもしれない。

 ちなみに、現在「アメリカ音楽のクラシック」と称されるJazzにしても、ピュリッツァー初受賞は1997年だった。同賞の始まりが43年であることを加味するとかなり最近だ。65年にデューク・エリントンへの特別賞贈与が検討されたが運営委員会が取り下げている*3。そんな経緯を持つ同賞にとっても、2018年のラマーへの授与は画期的な転換点だと位置づけられる*4

 ケンドリック・ラマーのピュリッツァー受賞は、権威ある同賞がHIPHOPを「アメリカ音楽のアートフォーム」と認めた意義がある。そう考えると、主要部門を逃した同年グラミー賞でラマーが行ったスピーチはより感慨深くなるのではないか。あの時、彼が語ったのはHIPHOPの歴史と継承、そしてHIPHOPへの目一杯の感謝だ。

2018年グラミー賞 ベスト・ラップ・アルバム部門ケンドリック・ラマー受賞スピーチ(意訳) 

This is special, man. As my guy Mozzy say, you know, God up top all the time—real talk, you know. Hip-hop, man. I said hip-hop.

この賞は特別だ。友達のモージーが言ったように、神はいつも上にいる*5──真剣な話だ。HIPHOPHIPHOPだ。
This is a special award because of rap music. This is the thing that got me on the stage. This got me to tour all around the world, support my family and all that. Most importantly it showed me a true definition of what being an artist was.From the jump I thought it was about the accolades and the cars and the clothes. But it’s really about expressing yourself and putting that paint on the canvas for the world to evolve for the next listener, the next generation after that, you know what I’m saying? Hip-hop has done that for me.

これは特別なアワードだ。RAPの為の賞だから。RAPは、俺をステージにあげてくれた。RAPは俺を世界中に連れて行ってくれた、家族やみんなをサポートできるようにしてくれた。(RAPが授けてくれたもので)最も重要なのは「真のアーティストとはなにか」教えてくれたことだ。最初、それは名誉や車、服だと思っていた。でも、本当は自分自身を表現し、世界に向けてキャンバスに描くことなんだ。リスナー、次世代を進歩させる為に。HIPHOPが俺にしてくれたことだ。
I got a lot of guys in this building right now that I still idolize to this day: Jay-Z, Nas, Puff, you know. These guys showed me the game through their lyrics, from close and from afar.So with that being said, this trophy to hip-hop, real talk. That’s love, baby. Jay for president!
今、この建物には俺のヒーローがいる。Jay-ZNas、Puff……。彼らはリリックを通じてゲームを見せてくれた。近くからでも遠くからでも。なにが言いたいかっていうと……このトロフィーはHIPHOPに宛てられたものだ!本気だよ。これは愛だ。Jay-Zを大統領に!   

 引用元- Kendrick Lamar – Best Rap Album Acceptance Speech 2018 Grammys | Genius

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 ピュリッツァー賞と並ぶ2018年ブラックカルチャーの象徴的出来事であるビヨンセのコーチェラ・パフォーマンスについてはこちらで考察しています。

*1:ボブ・ディランやハンク・ウィリアムズが個人として授与された特別賞を除く

*2:"デューク・エリントンセロニアス・モンクジョン・コルトレーンチャールズ・ミンガスルイ・アームストロングといった黒人のジャズの巨匠たちは皆、死後にピューリッツァー賞を受賞している" ケンドリック・ラマーのピューリッツァー賞受賞、権威と名声が与える功罪|Rolling Stone Japan(ローリングストーン ジャパン)

*3:Music Giant Duke Ellington Denied Pulitzer Special Citation | Today in Civil Liberties History , The Story Behind the First Pulitzer for Jazz – Wynton Marsalis Official Website

*4:ピュリッツァー賞理事のダナ・カネディ「これはピュリッツァー賞にとっても大きな瞬間です」 Kendrick Lamar Wins Pulitzer in ‘Big Moment for Hip-Hop’ - The New York Times

*5:God up top all the timeの訳:検討がつかず「神は我々の上(上空の天国)に常にいる」含意かなと思ったのですが、逸れていたらすみません。「神はつねにトップ(一番)」?かも。Mozzyのアルバム『1 Up Top Ahkの』へのメンションです Mozzy Appreciates Kendrick Lamar Shout Out at 2018 Grammy Awards - XXL