Eminem『Darkness』 撃ったのは誰なのか

ラスベガスで嫌悪感 訳がわからない迷走状態

でも賭けをしよう 明日の新聞に載ることを賭けるぜ

 11thアルバム『Music To Be Murdered By』からのリード・シングル『Darkness』。2017年ラスベガス・ストリップ銃乱射事件をモチーフにして銃規制を訴えたことが話題になりましたが、リリック構成も面白くなっています。上記の公式画像における日本語字幕を見ていけばわかるんですが、この曲、語り手がエミネムなのか銃乱射事件の犯人なのか境界が曖昧なんですよね。「今夜のコンサートは新聞に載る」宣言や、父親に愛されなかった生育歴、憂鬱に薬、銃撃表現など、ベガス公演を前にしたエミネムの言葉だと捉えても意味が通る。しかし途中からあからさまに実際の事件を扱っていることが判明していき、「いつものエミネム」と思って聴き始めたリスナーが途中で「自分が共感していたのは銃乱射事件の犯人」だったと気づくショッキングな構成になっているわけです。

 

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 『Darkness』の仕掛けは、これまでのエミネムの境遇を考えるとより興味深いかもしれません。ご存知大人気ラッパーのエミネムですが、彼が得意とする「過激な皮肉」口調は今じゃ人種差別的なオルタナ右翼の文法として根づいたとも言われてたりします*1。どこにでもある「過激な皮肉」表現の代表格がエミネムって構図に過ぎないとは思いますが、本人は真面目な性分だと思うので、気にしてたんじゃないかなと。2017年に「トランプ支持者のファンとは一線を引く」とわざわざパフォーマンスもしていました。そのあと満を持してリリースされたアルバムが、かなりシリアスに社会問題を訴える『Revival』なわけですが……こちらは本人もたびたびネタにしているように失敗。それから「過激な皮肉」表現に回帰する『Kamikaze』にて復権を果たすに至りました。シリアスな語りが駄目だった、過激な攻撃はウケた……この経験から新たに繰り出された作品こそ、共感してくるリスナーに恐怖を与える構成の『Darkness』なんですね。『Revival』的なシリアス、『Kamikaze』的な需要ある攻撃性がないまぜになった「エミネムなりのソーシャルイシュー提起」スタイルなのかなと思った次第です。「エミネムのスタイルこそ人種差別的な白人っぽい」風評までもさらうかたちで「お前が共感していた男は大量殺人犯なのだ」と突きつけるパンチはまさにヒッチコック的な『Music To Be Murdered By』。やはり真面目なエミネムさん……。