ジョイ/銃をとったシンデレラ

 実在の発明家を描いた映画であるが、まるでシンデレラのようなおとぎ話が志向されている。1980年代アメリカのシンデレラはハンサムな王子様は求めない。男性社会の中で契約相手を探し、魔法使いに資金を求め、銃をとるのだ。

【目次】

1.シンデレラのジョイ

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  『JOY』序盤には、主人公・ジョイが10才の時に姉と交わした会話が挿入される。

幼いころのジョイの義姉「あなたにはハンサムな王子様が必要よ」

幼いころのジョイ「いいえ、私は王子様はいらない 欲しいのはスペシャルパワー 私には王子様は必要ない」

 このシーンから王子様が出てくる「おとぎ話」が意識されていることが伺える。実際、『JOY』は1980年ごろ活躍した実在の人物を描く伝記作品ながら、ところどころ『シンデレラ』的おとぎ話を感じさせる作品なのだ。

 主人公ジョイ・マンガーノは20代女性、事務職、離婚歴あり子持ち、母&祖母と同居。高校では主席成績を納めNY州の大学への入学も決定していたが、両親が離婚し、精神的外傷を負った母親の世話および父の会社の経理の為に進学を諦める。母親は引きこもりきり状態になり、全ての生活をジョイ任せにする状態となった。家事をジョイ1人が取り仕切る機能不全家庭が形成されている。父親と腹違いの姉は別の住居に住んでいたが、離婚から17年経ったのち、恋人と別れた父親は突然ジョイの家に襲来して無理やり住み込む。父の会社を手伝う腹違いの姉は妹を忌み嫌い、家に来てはジョイの娘にジョイの悪口を吹き込む。

 「優しかった実母」を実質的になくし、「腹違いの姉」から嫌がらせを受け、「召使いのごとき家事」を1人で担うジョイ。MickLaSalleが指摘するように、この家庭状況はまるで『シンデレラ』だ。一貫される祖母によるナレーションも童話的。さて、童話の『シンデレラ』といえば、主人公は王子様との出会いによって救済された。『JOY』はどうなのか? 実は、25歳のジョイは既に王子様と邂逅を果たしている。

2.ジョイの王子様

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 ジョイは高校を卒業した19歳の頃、トニーというミュージシャン志望の男性と恋に落ちている。トニーはジョイに「夢を見ること」の大切さを教えてくれた。彼と出会ったジョイは自らの殻を破りミュージカルにまで出演したという。そして21歳になり、2人は結婚した。しかし、ジョイが25歳になった時、王子様は何をしているのか? 既に離婚している。それどころか、ミュージシャンを志すまま就職せず、離婚してもジョイの家の地下室に居座り続けているのだ。家事も行っていない為パラサイト状態である。ジョイを救済してくれたと思われた王子様は、パラサイトと化すことでジョイの負担となり、機能不全家庭の問題性を増す構成員となった。

 王子様を失ったシンデレラはどうなる? ここで記事冒頭で引用した会話を思い出してほしい。ジョイは、そもそも「ハンサムな王子様」は求めていなかったでないか。彼女が欲したのは「スペシャルパワー」だ。つまるところ、ジョイを機能不全家庭環境から救う人間は「スペシャルパワーを持ったジョイ自身」である。

3.自分で自分を救うシンデレラ

 「家族に召使いのように扱われるジョイ」を象徴的に表すシーンが存在する。ある日、ジョイの家族はクルーザーで海上パーティーを催した。その時に船が揺れ、家族全員がワイングラスを落とし粉々にしてしまう。そのガラス片とワインを片付けるのはジョイ1人で、他の家族は優雅に談笑している。無言でモップを絞るジョイの手は、ガラスとワインと自らの血液で塗れる。手を血塗れにした彼女を心配する家族は見受けられない。この日、ジョイは悪夢を見る。

 ジョイは、夢のなかで幼いころの自分と出会う。そして少女時代の自分にこう問われる。

私たち17年前にぜんぶ止まっちゃった どうしちゃったの?

貴方が隠れている時 貴方はみんなに見られないから安全だね

でも 貴方が隠れているとき 貴方は自分からも隠れてる

 家族の為に「自分の人生」を失ったジョイは、いつしか自分からも「本当の自分」を隠していた。恐らくは彼女自身がずっと気づいていた煩悶を表す悪夢だったのだろう。目が醒めたジョイは「自分を偽らない人生」を決意したようで、発明ビジネスに乗り出す。ガラス片を拭いても絞る時に安全なモップーー手で絞らなくても良いモップを開発するのだ。

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 「本当の自分であること」を決意したジョイは「スペシャル・パワー」を発揮する。家に寄生する元夫と父親を追い出し、モップの図案を描き、試作版の製作を始める。ここでのジョイと父親の会話は印象的だ。投資家の紹介を渋る父親に対し、娘は「貴方は私の人生を潰してきたのだから、私の頼みを聞く責任がある」と言って押し通す。この交渉から、いわゆるアダルト・チルドレン的症状も緩和したことが伺える*1。発明好きの女性・ジョイの帰還だ。そんな彼女に魔法を授ける魔法使いも登場する。

4.アンチ・シンデレラなアメリカン・シンデレラ

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 ジョイの魔法使いが授けるのは「美しいドレス」ではない。「資金」だ。ジョイは資産家である父親の恋人トゥルーディに投資を依頼する。そこでトゥルーディはジョイにこう訊く。 「商売敵と同じ部屋に居て、そこに拳銃があったら、貴方は相手を殺す?」 ジョイはこう答える。 「殺します」 

 2015年にデヴィッド・O・ラッセル監督が描いたアメリカのシンデレラは、ビジネスの為に殺人の覚悟を持つ。実際、ジョイが銃を放つシーンも挿入される。ハンサムな王子様を必要とせず、殺人の決意をして男性社会に挑み金銭を得ようとする、スペシャルパワーを持つシンデレラ・ジョイ。全ては本当の自分である為、そして「娘に自分のようになってほしくない」という願いの為。

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 「『JOY』は現代アメリカのシンデレラ物語である」と呈したい。2015年のアメリカ映画さながらジェンダー要素も多く見受けられる。中盤、TV通販に出演することになったジョイが、ミニスカート衣装を与えられ周囲に「見違えた」と評される。しかしジョイは「いつもの格好」に着替え直し、女性はミニスカートとフルメイクが当たり前となっている当時のTV通販番組にシャツとジーンズで出演する。魔法使いに美しいドレスを授けられ、権力を持つ男性に恋をされて幸福になる『シンデレラ』と反対であることが示している。アイデンティティとマネーを重んじ、権力を持つ男性から救済されるのではなく男性社会に勝負を仕掛けることで活路を見出すジョイの姿勢は、むしろアンチ・シンデレラ的であるし、それこそ今日のアメリカのフェミニズム的と言えよう*2

 さて、このように、中盤までは時代的なアメリカン・ヒーロー映画だと思うのだが、問題は後半である。

 

【※以下ラストまでのネタバレあり】

 

5.シンデレラとソープドラマ、おとぎ話と現実

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 映画の終盤、ピンチに陥ったジョイは静かに問題を解決する。そして静かに「そのあと発明王として大成したこと」がナレーションで告げられる。そのまま静かに、映画は資産家となった40代のジョイを映す。チャレンジする女性に機会を与える立場にまでなった40代の彼女は「わかりやすく幸せそうな表情」ではない。実際、ナレーションでは今なお続く家庭の問題が語られる。家族たちはジョイに金銭的援助を受けながらジョイを起訴するような状態らしい。

 映画『JOY』は、ビジネス界で大成しながらも家族問題を抱える、どこか悟ったような表情をした40代のジョイが映されて終わるのだ。「主人公のアイデンティファイ/ビジネス・チャレンジ/夢」を前半部でメイン・テーマのように見せた割に、これらはラストで大きくは触れられずに幕を閉じた印象だ。これらの「流れ続ける」ような演出群は、Miami Heraldも指摘するように、ソープ・オペラ的描写を志したと考えられる。序盤、ジョイの母親が熱心に見るソープ・オペラは、家族間でイベントが起こり続け、延々終わらない。ソープ・ドラマをフォーカスする『JOY』自体も「延々家族間で問題が起こり続けて終わらないソープ・ドラマ」的作風をとっていることが伺える。それ故か、監督の前作『アメリカン・ハッスル』等と比較すると、ハイライトであるはずのシーン群が静かに進行される。映画『JOY』は、ストーリーが「シンデレラ的おとぎ話」である一方、作品全体の演出は「ソープ・ドラマ」風なのだ。前者の要素が強い前半部分は確立されているが、後者の演出で一気に落とすラスト付近はいささかバランスが悪いように感じられた。正直に告白すると、鑑賞直後の感想は「変な映画」である。

 ただし、どこかしら現実味を感じさせるラストではあると思うのだ。アメリカン・ドリームが叶えど、元々問題を抱えていた家族が資産により円満化する「おとぎ話」は現実では中々無いだろう。夢が叶い、資産家となったからと言って円満人生も現実では訪れないだろう。実際、最後まで続いた童話のような祖母のナレーションは「シンデレラはそのあとも幸せに暮らしました」と口にしない。夢を叶えながらどこか悟ったようなジェニファー・ローレンスの演技表現は、このような「おとぎ話と現実の格差」をほのめかすような多様性を携えており秀逸だ。だからこそ、私はこの変な映画を好いているのである。

参考資料

ジョイ (字幕版)
 

'Joy' is a joyless exercise - SFGate

'Joy' (PG-13) | miami.com

*1:ジョイが「発明好きの自分」を捨てた大きな要因に、この父親が存在する。父は離婚して家を出る際、ジョイが作った発明品を無残に破壊した。このトラウマにより、ジョイは「発明が大好きな自分」を隠蔽し、自己を擦り減らしながら家族に奉仕するアダルト・チルドレン的症状を色濃くした

*2:ジェニファー・ローレンスに自身がハリウッド男女賃金格差を指摘する声明で大きな話題を呼んだこともあり、女性の賃金やアイデンティファイ、パワー賛美が2015年のアメリカで流行していることが伺える