リアーナ『Bitch Better Have My Money』が明示したフェミニズムと人種差別の衝突/暴力の時代とブラックスプロイテーション映画の復活
2015年7月1日にリリースされたリアーナ『Bitch Better Have My Money(以下BBHMM表記)』が議論を巻き起こしている。動画冒頭で告知されるように、未成年禁止レイティングで、性的かつ暴力的な映像が続く。ここまで過激なら議論が生じても不思議ではないが、論点となったのはフェミニズムと人種問題であった。衝突の結果、米英の政治系大手メディアに限れば肯定派が優勢寄り。それは何故なのか?英語圏フェミニズムおよびアメリカ社会の人種差別問題に絡めて考察する。
【目次】
- ビデオ概要
- 主な議論
- 否定派と肯定派の人種構成
- フェミニズムにおける人種差別問題
- アメリカ社会の人種差別問題
- 『BBHMM』が反映する暴力の時代の政治パワーバランス
- 現代版ブラックスプロイテーションである『BBHMM』
1.ビデオ概要
ストーリー:リアーナとその仲間は豪邸に住む金髪白人女性を誘拐し、裸での逆さ吊り/ドラッグ責め/プール沈め等で拷問を加える。その最中、リアーナは誰かに電話し激怒する。リアーナの口座残高はみるみる減っていく。実は通話相手は誘拐された女性の夫である白人会計士。彼は妻が拐われた事をリアーナから告げられながら、リアーナの金で娼婦たちと豪遊していた。まだ息のある会計士の妻と共に豪邸に舞い戻ったリアーナが男性会計士を惨殺し、金を取り戻して終わる
2.主な議論
本作で主に指摘される問題点、そしてそれらへの反論を枚挙する。
- 残虐すぎる←同等またはこれ以上の描写は『キル・ビル』『ゲーム・オブ・スローンズ』等、数多の大衆作品に存在する
- 罪なき女性への暴行描写は女性差別←同文
- 暴力美化←同文
- 幼いファンを多く抱える商業歌手の作品にしては過激すぎて家庭教育に悪影響←レイティング自体は行っている
- ミソジニー(男性至上主義)←女性は殺さぬまま男性を殺害している為、ミソジニーとは言えない、むしろ父権社会への復讐ファンタジー
- 白人差別である←暴行を加える側の人種分布はアフリカ系、白人、インド系である為、一概に「アフリカ系による白人差別」とは言えない
- アフリカ系と白人の人種が逆だったら炎上している←同文
- リアーナはフェミニストではない←必ずしも女性芸能人がフェミニストである必要はない
- 女性を虐待する性的シーンに時間が割かれ、被害者男性を蹂躙する時間配分が短すぎる←女性の身体の独立性を示したり、不倫三昧の男性を殺害するなど、むしろフェミニズム的だと言える
これらの議論について、共同監督を務めたリアーナはコメントしていない。同じく共同監督であるMegaforceは「我々は人々を驚かそうとしただけで政治的議論の発生は予期していなかった」と答えた*1。虐げられる白人女性妻を演じた女優は「問題になるとは思っていたがこれはフェミニズムを肯定する作品である」と発言*2。
3.否定派と肯定派の人種構成
大手政治系メディアで確認できる否定派のほとんどは白人女性である。反対に、肯定派の人種構成はアフリカ系、白人、インド系と多岐に渡っている。例として、本記事の参考資料部分において肯定派と否定派の記事に大まかに推測できる人種、性別を記した。
過激な話題作に対し、映像にまつわる議論で終われば一般的である。しかしながら『BBHMM』が興味深いのは、肯定派が否定派の政治思想を非難する動きが強いことだ。肯定派の有色人種フェミニストの一定数が『BBHMM』を糾弾する白人女性フェミニスト達を「私達を差別してきた人々」と非難している。これには理由がある。実は、英語圏フェミニズム界では、元より人種差別問題が訴えられていたのだ。同時に今アメリカ社会ではアフリカ系への人種差別問題が大きな問題となっている。フェミニストやリベラリスト達のリアーナへの擁護……又はリアーナをミソジニストと批判する白人フェミニストへの怒り……は、これらの問題が事前にあることでより活発になったのかもしれない。まず英語圏フェミニストの人種問題を紹介する。
4.フェミニズムにおける人種差別問題
「今まで闘ってきたゲイや有色人種の人々は、今度はわたしたち女性のために闘うべき」
2015年3月のアカデミー賞で助演女優賞を受けた白人女性パトリシア・アークエットの失言である。まるでセクシャルマイノリティ差別や人種差別が既に終わったような、そして上から目線な物言いである。アークエットの表明は「中流・上流階級の異性愛者である白人女性に負のイメージを植えつけただけだ」と批判された。尚、この年のアカデミー賞は、有力候補とされた『グローリー/明日への行進』のアフリカ系女性監督とアフリカ系主演男優が除外され、監督部門&撮影部門は男性、演技部門は白人で埋まり、差別的と批判された*3
「金持ちの白人フェミニスト」へのイメージ悪化はこれだけではない。ムスリム女性Myriam Francois-Cerrah氏は英国でこうスピーチした。
「フェミニズムは白人のミドルクラスの女性にハイジャックされている」
他にも、英語圏Twitterでこのようなハッシュタグが流行した。「#SolidarityIsForWhiteWomen」「#twitterfeminism 」「#NotYourAsianSidekick」。この動きはThe Guardianなどの大手メディアで取り上げられた。こちらで詳しく説明されている(日本語)。
2015年7月22日、人気歌手テイラー・スウィフトとニッキー・ミナージュの議論が話題となった。この時、テイラーは”White Feminist”と呼ばれ批判された。この”WhiteFeminist”とは白人フェミニストではなく「白色のフェミニスト」「白人を優遇し他人種を差別するフェミニスト」といった意味合いだ。人種差別問題を語るニッキーの言葉を勘違いしてしまったテイラーは(本人がそれまでフェミニストを頻繁に自称していたこともあり)政治系メディアのみならずTwitterにおいても「己の人種差別意識に疎い白人優遇フェミニスト」と批判された*4。これらからわかるように、2015年7月現在、反女性差別を訴えながら人種差別的言動に出る白人フェミニストへの声は厳しい。次にアメリカ社会の人種差別問題を紹介する。
5.アメリカ社会の人種問題
2015年2月のグラミー賞で、アフリカ系歌手であるファレル・ウィリアムズ、ビヨンセ、コモンはこぞって腕を挙げるパフォーマンスをした。このポーズは、マーティン・ルーサー・キング・ジュニア牧師の「非暴力を掲げる反人種差別運動」、そして今日の「Black Lives Matter」デモ運動を意味していると考えられる。13年夏以降、アメリカでは反アフリカ系差別デモが活発となっており、その内の複数は警察隊が出動し火災が巻き起こる規模だ。
反アフリカ系差別デモは数多く開催された。2015年4月のボルティモア暴動では、デモ参加者と警察の衝突により、100年以上の歴史を誇る大リーグが初の無観客試合を決定。何故ここまでのデモ、暴動が起こるのか? まず警察によるアフリカ系差別の横行(疑惑)である。その一部を紹介する。
- 2013年7月エリック・ガーナー窒息死事件:NY州警察官が煙草販売における脱税容疑の43歳黒人男性を逮捕する際の問答で窒息死させた。不起訴
- 2014年8月マイケル・ブラウン射殺事件:ミズーリ州白人警官が18歳の黒人少年を射殺。不起訴。人種差別団体KKKは当該警官を支援する募金活動を行った
- 2015年3月:カリフォルニア州で警察官が黒人ホームレス射殺
- 2015年4月:サウスカロライナ州で白人警官が武器を持たない50歳黒人男性を射殺。殺人罪
- 2015年6月:テキサス州の白人警官がプールで遊んでいた10代前半の子供たちを注意する際、白人をスルーし有色人種のみ叱り、無抵抗の14歳黒人少女を地面に引き倒した。辞職
恐ろしい数である。
そしてリアーナがビデオをリリースする少し前の2015年6月、最悪の事件が起こる。アフリカ系を「下等人種」と語る21歳の人種差別主義白人男性が、サウスカロライナ州の黒人教会でアフリカ系9人を殺害したのだ*5。まるで映画『グローリー/明日への行進』に映された、KKKの教会爆破事件のようである。これらの問題を受けたタイムズ誌は、アメリカの人種差別状況がある面で1968年と変わっていないことを表すカバーをデザインした。
6.『BBHMM』が反映する暴力の時代の政治パワーバランス
『グローリー/明日への行進』監督エイヴァ・デュヴァーネイは『BBHMM』とケンドリック・ラマー『Alright』のMVを「強い物語。どちらも暴力を示している。アーティスト達は時代を映し出す」とコメントしている*6。このデュヴァーネイの指す「暴力」「時代」とは、アメリカ社会における警察の人種差別、ヘイトクライム、そしてそれに対抗する暴動だろう。今日のアメリカは暴力の時代であると呈している。
ここまで悲痛な白人によるアフリカ系差別事件が起こっている中で、白人フェミニスト達がいくら「『BBHMM』は白人女性差別だ」と怒りの声を挙げても掻き消されてしまう「空気」があってもおかしくはない(そもそも「白人女性差別」という意見に正当性はあるのか?という論自体への疑問視が一番にあるが)。”WhiteFeminist”批判も高まっているから尚更だ。白人優遇主義フェミニストが行ってきた人種差別的行動もまた「暴力」なのだから。
まとめよう。『BBHMM』は、過激な内容ながら、ポリティカル・コレクトネス面で一元的批判を受けにくい作りとなっている。その上でフェミニズム、アメリカ社会での人種差別問題がヒートアップしている時勢が『BBHMM』を肯定する側のパワーをより強くしたと見える。英米リベラル言論界のパワー・バランスを明示化した『BBHMM』は、時代を写す鏡として機能した。
では、『BBHMM』には本当に問題はないのか?余談となるが、個人的な映像への解釈を述べる。これは70年代のブラックスプロイテーション映画の現代版リブートなのである。
7.現代版ブラックスプロイテーション映画である『BHMM』
アフリカ系俳優のAntonio Fargasは『BBHMM』を「70年代のブラックスプロイテーション映画をパロディしたコメディ」と評している*7。ブラックスプロイテーション映画とは、70年代に流行した黒人向け映画である。白人差別要素、アフリカ系差別要素ともに問題が指摘されていたこともあり、セールス下降と共に衰退した。個人的な意見を言えば、『BBHMM』は現代版ブラックスプロイテーションである。ブラックスプロイテーション映画の主な特徴を引用する。
舞台設定が西部か北部の場合、ゲットーが主な舞台となり、ポン引き、麻薬密売人、ヒットマンが出てくることが多い。こういった映画では麻薬、アフロヘアー、 "Pimpmobile" (改造した高級車。1970年代のリンカーンやキャディラックが多い)、また腐敗した警官や政府関係者、簡単に騙される麻薬組織の人物といったネガティブな白人キャラクターが登場することが多い。
『BBHMM』には、麻薬、高級車、腐敗した警官、ネガティブな白人キャラクターが登場する。又、「Blaxploitation」で画像検索すると、セクシーなアフリカ系女性のイメージが多く検出されるのだが、これもリアーナ自身が服を脱いで行っている(『BBHMM』のリアーナのヌードは、「性差別的」と批判されるであろう多くの70年代ブラックスプロイテーション映画の物と異なり「女性の身体を独立させた」と評価する声も存在する)。
「腐敗したマヌケな白人警官」など、今日のアメリカにピッタリなキャラ造形だろう。あれだけの数の白人警官が人種差別事件を起こしているのだから。妻が誘拐されても何食わぬ顔で他の女性と性交する、他人の金を盗んだ金融業の高所得白人男性など、世界金融危機を経てフェミニズムがパワーを持ち始めている2010年代アメリカにおいて、殺されるのにピッタリな悪役だ。
このように、『BBHMM』には、ブラックスプロイテーション映画のような「白人を虐げる映像でマイノリティ&被差別の人々がストレス発散できる要素」が見受けられる。でも、やはり、批判がしにくい。人種差別にしても女性差別にしても、他の「普通の大衆映像作品」の方が問題を孕んでいる現状では『BHMM』が特段、それこそ規制すべき人種差別的アンチ・フェミニズム映像であるとは言えない。もし、ほのかに香る「逆人種差別的要素」が故意だとしたら、非常に巧妙な……そして今日の英米リベラリズム言論ではむしろ賞賛される「被差別側のストレスを解消させる逆人種差別的ビデオ」である。この政治的強さこそ、現代版ブラックスプロイテーションなのかもしれない。そして、タイム誌が「2015年と1968年の人種差別状況はある面で変わっていない」と呈したように、今日の米国エンタメ市場も、70年代アフリカ系マーケットようにブラックスプロイテーション需要が高いのだろう。
参考資料
Rihanna’s graphic revenge fantasy ‘has a feminist message’, says supermodel | Fashion | The Guardian
Feminists fall out over ‘violent, misogynistic’ Rihanna video | Music | The Guardian
"Bitch Better Have My Money" Is Not Too Violent or Too Sexist - It's Just Too Obvious | NOISEY
Rihanna Is No Pam Grier | The New Republic
Center for a Stateless Society » Rihanna’s New Video Demonstrates the Need for Anarcha-Feminism
"Bitch Better Have My Money" Is Not Too Violent or Too Sexist - It's Just Too Obvious | NOISEY
Feminism has been hijacked by white middle-class women
アナキズム・イン・ザ・UK 第27回:保育士とポリティクス | ele-king
肯定派
This Is What Rihanna's BBHMM Video Says About Black Women, White Women and Feminism -:アフリカ系女性
Rihanna's video puts a black woman in control – no wonder there's a backlash | Music | The Guardian:アフリカ系女性
Rihanna's '#BBHMM' Video Is Brilliant, Terrifying, Complicated:アフリカ系女性
Why Are Mainstream Feminists Mad At The BBHMM Video? | MadameNoire:アフリカ系女性
In Defense Of The #BBHMM Video | The FADER:白人女性
Rihanna's latest offering is the perfect anthem for contemporary feminism - Spectator Blogs:白人女性
Guns'n'poses: Rihanna's BBHMM is the return of the blockbuster music video | Music | The Guardian:白人女性
On BBHMM:白人女性
Good Girl Gone Psycho: Does Rihanna Go Too Far in ‘BBHMM’?:白人男性
Defending Rihanna From the New Culture Police - Reason.com:白人男性(アンチ・フェミニズム寄り)
PAPERMAG: Stop Saying Rihanna's "Bitch Better Have My Money" Video Is Anti-Feminist:アジア系女性
否定派
Let's talk about Rihanna's video:白人女性
Rihanna’s Gory New Music Video Goes Too Far (VIDEO) | The Stir:白人女性
Rihanna Bitch Better Have My Money Video NSFW:白人女性
*1:Is Rihanna's 'Bitch Better Have My Money' Video A Feminist Protest? We Asked One Of Its Directors | NME.COM
*2:Rihanna’s graphic revenge fantasy ‘has a feminist message’, says supermodel | Fashion | The Guardian
*3:アカデミー賞スピーチに見る、“アメリカの歪み” (NewsPicks) - Yahoo!ニュース
*4:Twitter defends Nicki Minaj after Taylor Swift feud - CNN.com
*5:【米黒人教会銃撃】ネット上に犯行宣言か「黒人は劣等人種」 他人種にも敵意むき出し、FBI捜査 - 産経ニュース
*6:Ava DuVernay's Right: Violent Rihanna, Kendrick Videos Reflect Our Times