『バードマン あるいは(無知がもたらす予期せぬ奇跡)』アメコミファンも批評家も愛のビギナー

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 「大衆作品vs.芸術作品」構図ではないと考える。知識不足の商業主義業界人やアメコミ映画偏重傾向の描写が目立つが、それらの「ハリウッドの問題」を描く中で、芸術志向者たちの矛盾と「ブロードウェイの問題」も描いている。人間のエゴを主体に描きながら、情報社会における2つのエンターテイメント・ビジネスを丸々皮肉ったブラック・コメディだ。

1.ハリウッドの問題点

 人間のエゴを『バードマン』がシニカルな視点をぶつけるのは一貫して「業界人」である。まず、作中で「商業主義寄り」とされる人々がどのように描かれたか見てみよう。

『バードマン』が描いた映画/舞台人たち

  • インタビュアー:知識不足/ゴシップ優先主義
  • アジア系の男:英語もわかっていない
  • 実力派の映画役者:こぞってアメコミ映画に出演
  • 実力派の舞台役者:共演者を出し抜いて自分に有利な新聞記事を出す/ゴシップで話題になった際にインターネットでの拡散回数を誇る
  • プロデューサー:親友でもある役者が拳銃自殺未遂したにも関わらず新聞紙に感激*1
  • パパラッチ:自殺未遂した役者の病室に突撃
※主人公と批評家については次章に記す

 これらの描写は、本作が作品賞を得た第87回アカデミー賞においてジャック・ブラックが披露した風刺に酷似している*2。チャイナ・マネーに依存し、スーパーヒーローや過激なSM映画に売上を頼る、金とトレンド主義の“馬鹿ばかり”の映画の都。今日のハリウッドにおいて、超大作と中小作品の格差が大きくなった事は本当であるし、「このままではミニシアターは死滅する」といった声も多く、ヒーロー映画に出演する有名俳優も「演技の幅が制限される場合がある」と発言している*3*4*5

 しかし、ジャック・ブラックの風刺よりも、『バードマン』は一歩先に踏み込んでいる。商業主義に走るハリウッドを“上から目線で”否定する「自称・芸術志向の業界人」の存在、そしてブロードウェイの問題にも斬り込んでいるのだ。 

2.ブロードウェイの問題点

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 『バードマン』は「商業主義に傷つけられながら芸術を目指すヒロイズム」ではないと考える。「芸術志向」である主人公と批評家が「感傷的ヒロイズム」に耐え切れる人格を持たないからである。

 実は主人公と批評家は似通っている。二人とも商業映画を否定し、ブロードウェイ舞台を芸術だと肯定している。批評家は、観劇する前から演出家兼主演に「酷評して貴方の舞台を殺す」と公言する。「ハリウッドスター」というレッテルによって観劇前から評価を決定し、その旨を主演に伝える行為は、批評家として如何なる物か。主人公にしても、自ら演出家を買って出て、気に入らぬ役者を傷害事件で追放する。怪我をした役者は障害を負い車椅子に乗って再登場。あの痛ましい絵が出た時点で、異常者を映すブラック・コメディではあっても、「商業主義に傷つけられながら芸術を目指すヒロイズム」ではないだろう。

 ヒーロー大作映画『ガーディアンズ・オブ・ザ・ギャラクシー』を監督したジェームズ・ガンは、前述したジャック・ブラックジョークにこう反応した。「いつも自称・エリート達に攻撃される。超大作はインディペンデント作やシリアスな作品より、思想も愛も無いと。」*6。ヒーロー大作映画を「見下して良い」とするバイアスは確かに実在するだろう。『バードマン』では、そんな自称エリート達の「見下し」がエゴに満ち溢れている事が描かれている。主人公なんて、アメコミ映画やネット社会を見下しながら、逐一「自分が如何に注目されるか」を考えている人物だ。直接的には描かれないアメコミ・ファンよりも滑稽だろう。

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  ブロードウェイの問題も提示されている。リーガンの娘・サムの指摘だ。「ブロードウェイは金持ちの老いた白人が観劇後のコーヒーとケーキの為に見る物」という台詞である。本作のメイン・キャストは白人が多い。しかしながら、それは何もキャスティング部門の差別的バイアスではない。舞台会場はキャスト含め白人ばかりだが、そこから一歩出たNYの街には…韓国系の花屋店員から始まり…アジア系やアフリカ系など様々な人種が映されている。ただブロードウェイ舞台が異常に(豊かそうな)白人が多い、というだけなのである。多くの人種が渦巻くNYに在りながら、大作映画ほどの多様な地元観客層をブロードウェイが持てていない現実問題が浮き彫りになっている。舞台の観客席と、主人公がパンツ一丁で闊歩したユニオン・スクエアの人種比率を見ると、その偏重は歴然だろう。実際、ブロードウェイの観客は約8割が観光客と白人と言われている*7。観客の平均年齢も平均所得も大卒率も高い*8。サムの批判は現実に基づいているのだ。この人種描写からも、『バードマン』が「アメコミ映画全否定/ブロードウェイ文芸舞台全肯定」姿勢ではない事が推測される。

3.愛のビギナー

 主人公と批評家は二人とも「ゴシップ好きの情報社会」に敗北する。新聞に絶賛評を出した批評家は、舞台を楽しんだ訳ではなかった。しかめっ面で鑑賞し不機嫌に劇場を出たのだ。しかしながら、主人公が“話題沸騰”の自殺未遂パフォーマンスをしたが為に、(大御所批評家として)賞賛の記事を書かざるを得なくなったと推測される。彼女は自殺未遂パフォーマンスという「ゴシップ」に屈する構図となったのだ。一方で、主人公も、彼女が「ゴシップ」に屈した事を悟ったんだろう。やっと手に入れた「芸術的俳優」の称号は、自殺未遂パフォーマンスという「ゴシップ」によって(批評家の彼女を経由し)与えられたのだから。バードマンの仮面が“仮面のような包帯”に変わっただけだったのである。本作は「商業作品を見下す主人公が、芸術と言われる作品群も“記号”に満ち溢れた“入れ物”である事を知る話」なのだ。

 アレハンドロ・イニャリトゥ監督は「世界的な企業に管理されたエンターテインメント世界の状況」を描いたという*9それは直接的には国際市場を跨ぐ超大作映画を意味するだろうが、それと同時に、ブロードウェイが抱える問題や、「ゴシップ好き社会」が批評家や芸術志向作品をも支配している事も示している。

「我々は愛についていったい何を知っているだろうか?」とメル言った。「僕らはみんな愛の初心者みたいに見える。」

-レイモンド・カーヴァー『愛について語るときに我々の語ること』  

 『バードマン』 は「画面」と「情報」に溢れた世界で、「商業映画」と「芸術志向舞台」の両方を皮肉に描いたブラック・コメディだが……では、「真の芸術」とは何なのか?それはきっと誰にもわからないだろう。「歴史に残る確率が高い作品」は主に批評家が指し示すが、本作において、その軍団の親玉はあの感情的な老婆である。『愛について語るときに我々の語ること』で言われたように、我々はみな「愛のビギナー」でしかないのだし、その「愛」を「芸術愛」に置き換えても同じだ。文芸作品でもアメコミ映画でも、自分が心から愛する作品を愛していけばいいのではないだろうか。エゴを取っ払った末に残る「愛」こそ大切なのだから。

4.無知がもたらした予期せぬ美徳

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※原題"Birdman or The Unexpected Virtue of Ignorance"の"Virtue"は「奇跡」ではなく「美徳」と解釈する

  最後に、主人公リーガン・トムソンに注目する。そもそもこれは「一人の男がエゴと闘う話」なのだから*10

 リーガンは『愛について語るとき我々が語ること』のメルでありエドだ。劇中劇でもメルとエド一人二役で演じているし、実生活でもメルとエドと重複する点が多い。メルのように離婚している。メルのように「騎士(芸術派役者)」に憧れる。だけれど、最終的には「憧れていた騎士(芸術派役者)も見下げていた農民(アメコミ役者)と同じ入れ物である事」を知る。一方で、エドのように、妻に家庭内暴力を働き、妻に去られた…不倫現場を目撃された…ショックで自殺を試みるも、失敗に終わる。前妻と会話をした後に拳銃自殺未遂を働き、その後に病院で前妻に看病される点も一致している。

 しかし、最後、主人公は「老人」となれる。『愛について語るとき我々が語ること』における老人は、メルが「真実の愛を持つ者」として提示した人物だ。自動車事故に遭い瀕死に陥った老夫婦は、奇跡的に二人とも生還する。しかし、意識を取り戻した老人は何故か悲観する。その理由は、顔を固定する救命危惧を付けられた為に「妻の顔が見られない」からだと言う。……リーガンも又、ラストで顔に包帯を巻かれ、大好きな花の匂いを嗅げなくなってしまう。これは『愛について語るとき我々の語ること』における老人を意識した演出だろう。  

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  実際、リーガンは「本当の愛」をラストで手に入れた。それは芸術うんぬんではなく、家族からの「愛」である。「画面」と「情報」に溢れた世界で、発砲自殺未遂パフォーマンスを行った彼は、親友である弁護士にも「記号」扱いをされる。しかしながら、そんな彼を前妻と娘だけは「人間」として扱った。「本格派俳優」を目指した主人公は、エゴと狂気を爆発させた過程で、“予期せずして”“無知のうちに”家族愛を復活させ、「エゴ無き愛」を手に入れたのである。オープニング・クレジットで引用されるレイモンド・カーヴァーの詩は、この最後の予期せぬ美徳を預言していたのだ。

And did you get what you wanted from this life, even so?

-I did.

And what did you want?

-To call myself beloved, to feel myself beloved on the earth.

それでもきみはやっぱり思うのかな、この人生における望みは果たしたと?

果たしたとも。

それで、君はいったい何を望んだのだろう。

自らを愛されるものと呼ぶこと、自らをこの世界にあって愛されるものと感じること。

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Grade:A

参考文献・資料

SimplyScripts - Movie Scripts and Screenplays » 2015 Oscar Nominated Screenplays

これは即興のジャズ演奏だ─イニャリトゥ監督が『バードマン』をワンカットのように撮った理由|本年度アカデミー4部門受賞作、かつてスーパーヒーローを演じた落ち目の俳優の再起を描く - 骰子の眼 - webDICE

『バードマン あるいは(無知がもたらす予期せぬ奇跡)』アレハンドロ・ゴンサレス・イニャリトゥ監督インタビュー | 映画/DVD/海外ドラマ | MOVIE Collection [ムビコレ]

佐藤秀の徒然幻視録:バードマン あるいは(無知がもたらす予期せぬ奇跡)

明日、そのまた明日も、メソッド役者はクズ〜『バードマン あるいは(無知がもたらす予期せぬ奇跡)』 - Commentarius Saevus

・ハリウッド関連

http://www.mpaa.org/wp-content/uploads/2014/03/MPAA-Theatrical-Market-Statistics-2013_032514-v2.pdf

Big Movie Studio Profits Soared In 2014, But Analyst Says That Might Not Last | Deadline:2014年度、ハリウッドメジャースタジオにおいて大作映画が利益を産み、中間予算映画が削減されたレポート/今後、公開数増加や為替の影響で海外収益が減少すると予想

Disney, Fox, Paramount, Sony, Fox, Universal, Warner Bros.: Why Studios Don't Pay to Make Movies Anymore (Analysis) - Hollywood Reporter

Steven Spielberg Predicts 'Implosion' of Film Industry - Hollywood Reporterスティーヴン・スピルバーグによる「話題性の高い超大作映画に依存するハリウッド・スタジオ・ビジネス」批判

スピルバーグ、ハリウッドの映画ビジネス崩壊を予言 : 映画ニュース - 映画.com:上記の要約日本訳

Michael Fassbender and Domhnall Gleeson on process of 'Frank' vs. 'Star Wars' and 'X-Men' - YouTube:『バードマン』でも名前が挙げられた、ヒーロー映画『X-MEN』シリーズに出演するマイケル・ファスベンダーが「大作映画では限定的な演技しか表現できない事がある」と発言するインタビュー動画

Frank Darabont at Masterclass - Zurich Film Festival - YouTube:『ショーシャンクの空に』『グリーンマイル』を監督したが、現在ではTVドラマ『ウォーキング・デッド』を製作するフランク・ダラボンのインタビュー動画。「現在の映画は大作ばかりで中間クラスが消滅した/VFX満載で役者の出る幕が無い/映画よりTVでストーリーテリングしたい」と発言。

第7弾『ワイルド・スピード』爆発的ヒットの背景に人種の多様性 - エキサイトニュース:多様な人種を動員した15年度ハリウッド大作。

DreamWorks Animation Hits A ‘Home’ Run | Cartoon Brew:多様な人種を動員した15年度ハリウッド大作。

Oscars 2015 Recap - Jack Black, 'Birdman' on Hollywoodアカデミー賞におけるジャック・ブラックのハリウッド風刺

AMC Theatres - James Gunn, director of Guardians of the... | Facebook:上記のジャック・ブラックに対する、大作ヒーロー映画『ガーディアンズ・オブ・ザ・ギャラクシー』監督ジェームズ・ガンの反論

James Gunn on shared movie universes: “Studios are trying to grow trees without a strong seed”:同じくジェームズ・ガンの「ハリウッドは世界規模の超大作にばかり目を向け、土台となる大切な種・グレイトな映画を忘れてはいけない」という批判。

・ブロードウェイ関連

The Broadway League - The Official Website of the Broadway Theatre Industry

http://www.gakuji.keio.ac.jp/hiyoshi/hou/fukusenkou/3946mc0000023z00-att/tuneyamazemi2.pdf

[渋谷真紀子]【人種差別撲滅に舞台芸術ができること】~白人黒人問わず動員、伝説の演劇作品~ | NEXT MEDIA "Japan In-depth"[ジャパン・インデプス]

*1:監督は当キャラについてこう述べている。「イヤなタイプのプロデューサーで、良き友人で、ウソつきで、舞台のため、ショーのために全力を尽くす男」「すぐに友達になれるような人、一緒に付き合いたいと思い、ビールを飲みたいと思うようなタイプ」「同時に、信頼を得た途端に人を裏切るようなタイプ」 これは即興のジャズ演奏だ─イニャリトゥ監督が『バードマン』をワンカットのように撮った理由|本年度アカデミー4部門受賞作、かつてスーパーヒーローを演じた落ち目の俳優の再起を描く - 骰子の眼 - webDICE 

*2:Oscars 2015 Recap - Jack Black, 'Birdman' on Hollywood

*3:Big Movie Studio Profits Soared In 2014, But Analyst Says That Might Not Last | Deadline

*4:スピルバーグ、ハリウッドの映画ビジネス崩壊を予言 : 映画ニュース - 映画.com

*5:Michael Fassbender and Domhnall Gleeson on process of 'Frank' vs. 'Star Wars' and 'X-Men' - YouTube

*6:AMC Theatres - James Gunn, director of Guardians of the... | Facebook 

*7:[渋谷真紀子]【人種差別撲滅に舞台芸術ができること】~白人黒人問わず動員、伝説の演劇作品~ | NEXT MEDIA "Japan In-depth"[ジャパン・インデプス]

*8:The Broadway League - The Official Website of the Broadway Theatre Industry

*9:『バードマン あるいは(無知がもたらす予期せぬ奇跡)』アレハンドロ・ゴンサレス・イニャリトゥ監督インタビュー | 映画/DVD/海外ドラマ | MOVIE Collection [ムビコレ]

*10:監督の発言より「上から目線でコメントをするとか、諷刺的に見たり、指摘するとか、お説教をするのではなく、一人の男の経験に忠実にすることだ。それはつらいし、もろくて傷つきやすい経験だが、彼の視点で見た物語にすること、必要以上に冗談や解説を入れないことに注意した。」 これは即興のジャズ演奏だ─イニャリトゥ監督が『バードマン』をワンカットのように撮った理由|本年度アカデミー4部門受賞作、かつてスーパーヒーローを演じた落ち目の俳優の再起を描く - 骰子の眼 - webDICE