『ボージャック・ホースマンS5』共感できるアビューザー問題

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この作品の魅力は──誰もが主人公に共感できるところです

誰しも深い後悔を抱えています オレも酷いことをしてきた

みんな酷いヤツだから安心していい、とこの作品は伝えています

 この劇中ドラマに向けられた称賛は『ボージャック・ホースマン』自体の魅力を見事に表わしている。Netflixの奇妙な馬アニメは「共感できる作品のマスタークラス」でありつづけた。主人公が自尊心の弱さと自責感の強さによって暴走するたび、視聴者は共感と愛を深めていった。ボージャックは、豪邸に住むセレブリティにして「2010年代もっとも共感されるアンチヒーローになったのだ。しかし、シーズン5はいささか奇妙だ。ラストの彼は、安心をもたらすほど「共感」される存在ではない。同時に、唾棄すべきほど「共感」できぬ存在にもなっていない。クリエイターは何を思ってこのバランスを作り上げたのか。

【以下ネタバレ】

  『ボージャック・ホースマン』シーズン5でフォーカスされるのは「男性権力者のパワー」だ。同時に、パワーを持つ男たちの加害性も露わになっていく。象徴的な存在が、差別発言を連発し妻の首を絞めた“お騒がせ俳優”ヴァンス・ワゴナー。女性セックスワーカーへの暴行が報じられた際、彼はこう弁解する。「当時はまだ38歳で、未熟なガキだった」。このあと38どころか14歳の娘を「売女」と罵って殺害予告する音声がリークされ、彼のキャリアは下降した(元ネタはアレック・ボールドウィンだろう)。ただし5年後にはドラマ準主役オファーを貰い受け再浮上を果たす。結局は人種差別発言と交通事故でまた干されることになったが、PR戦略家によると「どうせ2、3年後には復活する」ご身分だ。作中、彼の謝罪会見がループするが、ループさせられるだけのパワーを彼は持っている。

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 自己保身のために“気軽に”フェミニスト・アイコンを演じようとするボージャックも「パワーを持つ男性」である。ただし、彼はヴァンスよりマシなはずだ。でないと2010年代の「共感されるアンチヒーロー」にはなれないはずだ。そんな「共感王」ボージャックだが、終盤にはヴァンスと同じ暴力行為に出る。「妻の首を絞めてはいけない」と語って喝采された彼は、撮影現場で女性パートナーの首を絞めた。まぁ、これにも“過程”はあった。ファンなら長々語ることができる。ボージャックには両親に虐待された過去があり、その影響もあって多くの過ちを犯した、そして自責感と鎮静剤中毒がないまぜになって女性を酷いことをしてしまった、彼は深く自責し反省した──だが待ってほしい、このパターンは何度目だ?

 これまでの「共感王」ボージャック・ホースマンを思い出してみよう。シーズン2では、友人の娘と性的な関係になろうとした。娘は未成年で、まだ高校生だった。シーズン3には、彼を父のように慕う元子役サラ・リンとドラッグ漬けの旅に出た。彼女はその旅路で死んだ。今シーズンでは、自責感と鎮静剤中毒がないまぜになり、パートナー女性の首を絞め殺す寸前までいった。まだ大学生の妹に犯罪行為を働かせ、違法ドラッグ売買現場にも連れて行っている。「病める男」として共感を集めるボージャックは、同時に「アビュース加害者」でもある。言い換えれば、『ボージャック・ホースマン』は「煩悶するアンチヒーロー」の物語であり「プレデター男性」の話だ。

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結局のところ、ボージャック・ホースマンは女性を傷つけ虐待することに人生の大半を費やしてカムバックを果たすめちゃくちゃな中年男優だ

'BoJack Horseman' Season 5 Tackles Hollywood—And Itself - The Atlantic 

 『ボージャック・ホースマン』は主人公の罪を描きつづけてきたが、今回あぶりだされるのは明瞭な加害性だ。「俺の罪に最も苦しんでるのは俺自身だ、きっと女たちは忘れてる」とする主張には傲慢な被害者意識がにじんでいる。ただし、やはり、ヴァンスほど醜悪には見えない。罪悪感に苛まれた彼は、ライターであるダイアンに「俺を告発してくれ」と頼みこむ。そしてリハビリ施設に向かう。ラストはそこまで暗くはない。まぁしかし、爽やかに終わるには暴行シーンがおぞましすぎた。この奇妙なバランスは何なのか──実は、これこそ製作者が意図したものだ。冒頭で引用した、ボージャックの『フィルバート』称賛スピーチをいま一度確認しよう。

この作品の魅力は──誰もが主人公に共感できるところです

誰しも深い後悔を抱えています オレも酷いことをしてきた

みんな酷いヤツだから安心していい、とこの作品は伝えています

 この作品評は『ボージャック・ホースマン』に向けられる称賛とそっくりだ。本作は「共感できる作品のマスタークラス」なのだから。ただし、作中、このスピーチは諸手をあげて歓迎されない。ダイアンは、己の加虐性を軽視するボージャックにひどく怒った。

 クリエイターのラファエル・ボブ=ワクスバーグは、シーズン5で「脆弱な場合と最悪な場合のボージャック」その両方を見せたかったと語っているVarietyインタビューによると、この主人公は、シーズン3ラストでは視聴者に罵られ、シーズン4終わりには愛されていた。この反応のちがいに違和感を覚えた彼は、シーズン5で「嫌われる彼も好かれる彼も同じ人物(馬)である事実」を提示した。だからこそ主人公の加虐性が目立つ仕様になっているし、にも関わらず共感を呼ぶ脆弱性も失わさせなかった。このバランスをとったラストは奇妙な感情を与える。ボージャックは、共感できる存在でありながら恐ろしきアビューザーなのだ。この事実を視聴者はどう受け止め、どう咀嚼すれば良いのか……この難題への対峙こそ、ワクスバーグがファンに与えようとしたことだ。

 ボージャック・ホースマンは「共感を集める悩めるアンチヒーロー」であり「虐待加害者」でもある。この両方が彼だ。前者の側面だけ受け止めて「共感できる作品」として讃えることを本シーズンは許容していない。ボージャックはひどく傷つけられてきた一方、ひどく傷つけてきた。シーズン5は結果的にこう示す:同情できるからと言って、彼が第三者に行った加害が免罪されるわけではない。共感を集める「男の傷」の影にあるのは、彼を傷つけた者、そして彼に傷つけらた人々の存在だ。アンチヒーロー・ジャンルとされる数多のフィクションにおいて、悩める男性が犯す「失敗としての暴力」は「闇や葛藤のスパイス」かのように軽視され美化されてきた。暴行加害者の複雑性を描いた『ボージャック・ホースマン』シーズン5は、アンチヒーロー作品が陥りがちな「暴力の免罪」をせき止めることに成功している。

ボージャックが世代間でつづく虐待の被害者であることは間違いない。しかしながら、シーズン5が明確にするのは、その被虐経験が「彼が行った虐待の言い訳」にはならないということだ。この作品は、最高峰かつ最も複雑なアンチヒーローの肖像でありつづけている

This Season of 'BoJack Horseman' Is the Show's Darkest Yet - VICE