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辰巳JUNKエリア

ニワカを極めるブログ

キングスマン★★ブラック・ジョークに見えるピュアネス

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 マシュー・ヴォーンはピュアネスな作家だ。私にとって『キングスマン』はブラック・ジョーク作品ではなく「好きなことを無邪気に楽しむピュアネスな映画」である。ヴォーンは差別主義者殺害も楽しんでいる。

【目次】

  1. 観客の攻撃性を刺激する構造
  2. マシュー・ヴォーンのピュアネスという才能
  3. ブラック・ジョークに見えるピュアネス

1.観客の攻撃性を刺激する構造

  『キングスマン』の教会シーンにはブラックな仕掛けがある。人々が「悲劇の被害者」として殺されるシーンにも関わらず、対象が差別主義者な為、反・差別主義者の鑑賞者が「あいつらが殺されて爽快だった」なる感情を持ち易い、潜在的攻撃性を刺激しやすい出来なのだ。画面は「アクションを楽しむ仕上がり」になっているし、アメリカの宗教右派差別主義者たちを馬鹿にする音楽演出まで施されている(こちらに詳しい)。

 「『殺人を肯定する差別主義者』の殺害を肯定する」という反・差別主義思想は、回り回って『殺人を肯定する差別主義者』に肉薄するウロボロス構造である映画中のデバイスが人々の攻撃性を刺激するように、『キングスマン』自体も鑑賞者の攻撃性を刺激する作りとなっている。私がここで言いたいことは「殺人シーンでの高揚の是非」や「表現問題」ではない。このシーンがブラック・ジョークと形容されやすい作りである、ということだ。ブラック・ジョークとカウントされやすい『キングスマン』を代表するような「ブラック・ジョーク的なシーン」である。しかしながら、私にはこのシーンやラストの人間花火シーンはそれとは真逆の「非常にピュアネスなもの」に映った。

2.マシュー・ヴォーンのピュアネスという才能

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 『キングスマン』には他にもブラック・ジョークと形容されやすい要素がある。「伝統的礼儀作法を知らない馬鹿なアメリカ人」なんて攻撃的ジョークは、今どき国際展開規模のイギリス映画ではあまり無いはずだ。この要素も教会シーンと同じく一定の人々に潜在する攻撃性を刺激するだろう(影響力を持つ超富裕層アメリカ人、ひいてはアメリカ人全体、アメリカ合衆国を「伝統的礼節も知らぬ馬鹿」と見下したい、という攻撃性を刺激する作用)

 これらの意地の悪い仕掛けが成立した要因には、マシュー・ヴォーンが「デリケートな政治的ブラック・ジョーク」を“無邪気に楽しむ”才能があるからではないか。マシュー・ヴォーンは教会シーンについて「差別主義者を殺せて楽しかった」と発言している*1。彼の言葉は「差別主義者は殺されて良い」という“意見”ではない。単純な“感想”である。大方の英米トップ監督は、あのような「デリケートなシーン」を製作した場合、ある程度は言い分、取り繕いを“考える”だろう。だけど彼はそれをしない。ストレートに「楽しかった」と言ってしまう。その素直さ、そして無邪気さはシーンにも反映されているように思う。『キングスマン』の教会シーンも人間爆発シーンもとても“楽しそう”であり、“楽しみきっている”からこそ中々拭い切れない衝撃性を孕んでいる。

 マシュー・ヴォーンは、社会ではブラック認定されるデリケートな要素を無邪気に楽しみ、その無邪気さのまま国際的ヒットに見合うシークエンスを作り上げてしまう。私はコメディの知識が少ない為、この記事は全体的に「個人の印象」に落ち着いてしまうのだが、『キングスマン』はハイコンテキストにジョークを創り上げる『モンティパイソン』とは異なる印象を受ける。むしろ真逆だ。無邪気に楽しんで撮ったからこそ、今時の国際規模の英米映画では中々見られない攻撃的でハイリスクな要素が混在した経緯を想像してしまう。これは貶めではない。なんらかの問題があったにせよ、良くも悪くも一つの貴重な才能ではないだろうか。私個人の「印象」からすれば、ヴォーンは(他の英米トップ監督はハイコンテキスト構造をきちんと考えるような)デリケートなシーンも“無邪気に楽しむ”才能を持っている。

3.ブラック・ジョークに見えるピュアネス

 『キングスマン』はブラック・ジョーク作品として運営されているだろう。しかしながら、差別主義者たちの殺害を“楽しんだ”マシュー・ヴォーンの姿勢は、意識的に風刺やユーモアを仕込む一般的なブラック・ジョークとは対極ではないか。身勝手な金持ちが花火になって爆発するシークエンスの印象も同様だ。理由は注釈に付け加えたが、私個人の作品評価自体は高くない*2。他方、本作はマシュー・ヴォーンの特異な作家性が満足気に露見しており、一筋縄ではいかぬ作品に仕上がっている。そこが非常に興味深いのだ。私にとって『キングスマン』はブラック・ジョーク作品ではなく、好きなことを無邪気に楽しむ、稀有にピュアネスな映画なのである。映画を楽しみきるマシュー・ヴォーンのピュアネスは、ある人にとっては稚拙と映るだろう。そして、ある人にはヒーローなのではないか。

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Grade:B-

参考資料

キングスマン(字幕版)

キングスマン(字幕版)

 

 Moviepilot Interview: Matthew Vaughn on Kingsman! - moviepilot.com

"Kingsman:" Church fight scene was going to be longer - Business Insider

悪趣味を正しく狙って正しく撃ち落とす、が…『キングスマン』(ネタバレあり) - Commentarius Saevus

話題沸騰! 『キングスマン』マシュー・ヴォーン監督インタビュー「マナーが世界を良くする」 | ガジェット通信

”母に捧ぐ”『キングスマン』 - 私設刑務所CHATEAU D'IF

(すべて2016年1月2日に回覧)

*1:参照:Moviepilot Interview: Matthew Vaughn on Kingsman! - moviepilot.com

*2:個人的な作品評価が高くない理由は、主人公の闘いと宇宙&母娘シーンが交差する後半戦の編集処理を散漫的であると感じ、単純に“楽しめなかった”という個人的な感覚である/「マナーは人を良くする」なる伝統主義的テーマにしても詰めが甘いと感じた/長くなったが、ヴォーン作品では『X-MEN:ファーストジェネレーション』『キック・アス』は好きである