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国家ある絶望『タクシードライバー』と国家なき夢『ナイトクローラー』:70年代ナショナリズムと10年代キャピタリズム

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 『ナイトクローラー』と『タクシードライバー』を比較することで1970年代と2010年代のアメリカ社会の違いを考察する。こちらのサイトにあるように、2作は多くの共通点を持つ。車に乗る夜の仕事、鏡、孤独な一人暮らし、ダイナー、年齢差ある年齢……。そして、殺人罪を犯した主人公が国家に罰せられず、社会に評価されてしまうラストまで類似している。2作とも製作当時、1970年代と2010年代のアメリカ社会を色濃く反映している。『ナイトクローラー』は現代版『タクシードライバー』を志したと思われる。であるから、この2つを比較すると、70年代と10年代アメリカ社会の違いが見えてくる。10年代は70年代より一層アメリカ合衆国という国家の存在感が薄れているし、ナショナリズムの時代はキャピタリズムの時代となったような印象をもたらす。

【目次】

1.『タクシードライバー』が投影する70年代ナショナリズム

2.『ナイトクローラー』が投影する10年代キャピタリズム

  2−1.ナショナリズムを排した『ナイトクローラー

  2−2.政府より金融が巨大となった『ナイトクローラー』時代

3.国家ある絶望『タクシードライバー』と国家なき夢『ナイトクローラー

1.『タクシードライバー』が投影する70年代ナショナリズム

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( 大統領候補の政治家をTVで見る『タクシードライバー』の主人公 )

 1976年製作『タクシードライバー』は「1970年代のアメリカ世相の国家(機関)信頼度の低下」を反映したと評価される。ベトナム戦争帰還兵を名乗る主人公トラヴィス・スコットは不眠症に苛まれ、孤独と自己顕示欲からか「腐敗しきったNYの浄化計画」として次期大統領候補の暗殺を試みる。政治家の暗殺に失敗したトラヴィスは知り合いの少女が働く売春宿の用心棒や客を射殺し、社会に英雄と評価される。本作はアメリカン・ニューシネマの代表作と言われる。

 アメリカン・ニューシネマについて説明する。1960年代後半から70年代にかけて流行した映画ジャンルである。「勧善懲悪ではない映画作品」が多く、「勧善懲悪」構図が多かったアメリカ映画界に衝撃をもたらした。『タクシードライバー』のように、反体制思想を持つ主人公も多い。このムーブメントには当時のアメリカの世相が関連している。町山智浩氏が述べるように、1960年から75年にかけてのベトナム戦争は泥沼戦と化し、アメリカ世相の国家への信頼度は急落させたと言われる。反体制思想者を主人公とすることも多かったアメリカン・ニューシネマ旋風は、この「国家への信頼度低下」を反映しているのだ。

ベトナム戦争への軍事的介入を目の当たりにすることで、国民の自国への信頼感は音を立てて崩れた。以来、懐疑的になった国民は、アメリカの内包していた暗い矛盾点(若者の無気力化・無軌道化、人種差別、ドラッグ、エスカレートしていく暴力性など)にも目を向けることになる。そして、それを招いた元凶は、政治の腐敗というところに帰結し、アメリカの各地で糾弾運動が巻き起こった。アメリカン・ニューシネマはこのような当時のアメリカの世相を投影していたと言われる。

 -引用元:アメリカン・ニューシネマ - Wikipedia

 又、当時のアメリカでは、ベトナム帰還兵も差別されたと言われる。1972年出版の小説を原作にした1982年製作『ランボー』は、己を排斥しようとする保安官と闘うベトナム帰還兵を主人公とし、ベトナム戦争によって負ったアメリカの傷」を描いたと評価された*1。『タクシードライバー』の主人公もランボーと同じベトナム帰還兵を名乗る。

 60年代から70年代にかけてのアメリカで、国民の国家機関への信頼度低下要因となったのはベトナム戦争だけではない。2014年ヒット作『キャプテン・アメリカ/ザ・ウィンター・ソルジャー』がその延長線上を描いたように、1972年のウォーターゲート事件も大きな打撃を与えた*2。73年1月には68%支持率を記録したニクソン大統領は、このスキャンダルにより支持率を30%以下にまで落ち込ませ、翌年8月に辞任した*3ハーバード大学学長のローレンス・H・サマーズも、2001年にベトナム戦争ウォーターゲート事件を契機に、ハーバード出身生(国家機関の人間や高所得者)が国民に嫌悪されたことで大学の名誉を傷つけた」という旨の発言をしている*4

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( 『タクシードライバー』で主人公が暗殺しそこねた次期大統領による演説 ) 

 『タクシードライバー』に話を戻し、まとめよう。ベトナム戦争ウォーターゲート事件によって、1970年代、アメリカ国民の国家(機関)への信頼度は落ちた。不眠症ベトナム帰還兵自称者が大統領候補を暗殺しようとする『タクシードライバー』の主人公トラヴィスは、当時の「アメリカのナショナリズム(世相の国家機関への信頼度低下)」を映す鏡として機能している。では、2010年代版『タクシードライバー』である『ナイトクローラー』に見る、「アメリカ人のナショナリズム」はどうか?  それが、なにも無いのだ。

2.『ナイトクローラー』が投影する10年代キャピタリズム

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( 自身を殺人容疑で取り調べる警察すら馬鹿にしきっているような『ナイトクローラー』の主人公 )

2−1.ナショナリズムを排した『ナイトクローラー

 『ナイトクローラー』の主人公ルーは、『タクシードライバー』のトラヴィスと異なり、最初から最後まで「アメリカという国家」を感じさせない。1976年、トラヴィスは大統領候補を殺害してまで“街を浄化しようと”した。2014年、ルーは同僚を殺害してまで“金を稼ごうと”した。「浄化」と言っている時点でトラビスには「理想の/こうあるべきアメリカ」があったのだろう。そんなトラヴィスと違い、ルーは最初から国家など意識していない。まるで「国家を信頼し期待する」「ナショナリズムアイデンティティを委ねる」という発想すら“欠落している”ように。最初から期待していないのなら失望も絶望ももたらされない。Empire紙は「『タクシードライバー』にあって『ナイトクローラー』に無いのは、主人公の成功意欲に内在する“愛国心”だ」と書いた*5

 『ナイトクローラー』は『タクシードライバー』のナショナリズム要素を排した。これは2010年代の世相を反映していると言えるだろう。ベトナム戦争以降のアメリカ合衆国は、2001年に9.11、2003年にイラク戦争を経験した。1970年代には衝撃的であった「社会の暗部を注視し反体制思想者を主人公にするアメリカ映画」も今では珍しくない物として定着した。それどころか、国家を代表する正統派英雄であるはずのアメリカン・コミック・ヒーローの超大作映画までワシントンに疑問を投げかけている。実際、国民調査においてアメリカ人の愛国心(「国民であることを誇りに思うか」という問への肯定率)は2000年に入り連続して下降している。 

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( ディエズ=ニコラ(2010)による国民意識の国際比較データ 国民意識と戦意についての国別比較−2005年まで−: 早稲田大学 早田宰 研究室より引用 )

 前章で発言を引用したハーバード大学長ローレンス・H・サマーズも、2013年、「米国の民主主義は機能不全」なるコラムを書き、 世相の議会への好意は“史上かつてないほど”薄れていると語った。

世論調査によると、議会に対する好意は史上かつてないほど薄れている。将来の財政赤字削減に大きく貢献する措置で合意できない政治家には、四方八方から反感が寄せられている。専門家も政治家もこぞって交渉の行き詰まりをとがめ、「オキュパイ・ウォールストリート(ウォール街を占拠せよ)」運動から「茶会」運動まで政治的に両極端の抗議行動が起こり、党派心がいよいよ強まっているようだ。

  -引用元:コラム:米国の民主主義は機能不全か=サマーズ氏 | Reuters 

 『タクシードライバー』に存在するナショナリズムは『ナイトクローラー』には無い。この変更は自然に思える。それには2つの理由がある。第1の理由は、前述した、21世紀における愛国心&国家信頼度の低下。2000年代以降のアメリカ世相の愛国心と国家への信頼度は、「史上かつてないほど」と言われるほど、恐らくは政治不信が大きなトピックとなった1970年代以上に、下降し続けている。実際、米民主党は「愛国心の低下」を1990年代から予測していたようで、フォード&カーター両政権の政策ブレーンを務めた民主党製作アドバイザーロバート・B・ライシュナショナリズムは消滅の一途を辿る」とまで1991年出版『ザ・ワーク・オブ・ネーションズ』に記している*6。第2の理由は金融産業だ。今日のアメリカ世相は、国家機関への信頼度を低めながら、「政府すらコントロール出来ない」と言われる程に投資銀行などの金融産業が影響力を増幅させている。実は、これこそ『ナイトクローラー』のメイン・テーマなのだ。ナイトクローラー』は、『タクシードライバー』にあったナショナリズム要素を排した代わりにキャピタリズムを色濃く反映している。

2-2.政府より金融が巨大となった『ナイトクローラー』時代

 『タクシードライバー』のトラヴィスは、TVで大統領候補の政治家のスピーチを聞いた。一方、『ナイトクローラー』のルーは、ラジオで「リーマン・ショック後も不動産投機を勧め私腹を肥やそうとする経済アナリスト」のラジオを聞いている。アメリカ投資銀行によるサブプライムローン破綻が世界同時金融恐慌を起こしたことは前記事で触れた。リーマン・ショックが起こった2009年には、アメリカのみならず世界各地の経済成長率が大きな打撃を受けている。

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( 引用元:奥田宏司 『アメリカの量的金融緩和政策と 新たな国際信用連鎖の形成についての覚書 ─ BIS,IMF の Spillovers 論の批判的検討』 http://www.ritsumei.ac.jp/acd/cg/ir/college/bulletin/Vol.26-3/26-3_02_Okuda.pdf )

 この影響度を説明するように、金融・資本市場は世界的に成長し続けている。

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( 引用元:奥田宏司 『アメリカの量的金融緩和政策と 新たな国際信用連鎖の形成についての覚書 ─ BIS,IMF の Spillovers 論の批判的検討』 http://www.ritsumei.ac.jp/acd/cg/ir/college/bulletin/Vol.26-3/26-3_02_Okuda.pdf )

  このウォール街発端の世界同時金融恐慌を受け、バラク・オバマ大統領は金融規制法案の成立に動いた。その際に盛んに用いられた言葉は“Too Big To Faill"「銀行が大きすぎてアメリカ政府も潰せない」だ。それどころか、リーマン・ショック後、アメリカ政府に金融規制を受けても、アメリカの巨大銀行はその規模を更に増幅させている。結果、“Too Big To Save”「銀行が大きすぎて破綻してもアメリカ政府が救済できない」とまで言われるようになった*7。 

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 ( アメリカの4大メガバンクの総資産推移グラフ Angry Bear » If too big then, what are they now? より引用)

 「銀行が巨大すぎて政府が潰せない/破産されても救済できない」とまで言われてしまっては、「アメリカ政府はアメリカ銀行に負けた」と皮肉にされても不自然ではない。「ワシントンを阻むまでのウォール街の台頭」は、第一次世界大戦中から予感されていたようだ。1915年に中国駐在アメリカ大使とアメリカ経済人によって発足されたAICによる中国自由主義化計画、そしてその銀行家原因の破綻を記した『グローバル経済の誕生 貿易が作り出したこの世界』当該章には、自国の利益を低めてまで己のグローバル・ビジネス利益を優先するウォール街の気質にについてこう書いている。

このような「合議的帝国主義」は将来の世界大戦を避けるためには効果的であったかも知れないが、新たな経済秩序を構築するようなものではなかった。アメリカの投資銀行が南方、つまりメキシコに目を向けたのは、アメリカが金融覇権を築くための予行練習だったのであり、この実験を見ていたアメリカの外交官は、事態の到来を予見していたのかも知れない。すなわち、アメリカの銀行家が世界の銀行家になれば、ウォール街のエリートは世界の銀行を動かすようになるだろう。そうすればウォール街の規則が、国境や政府や国民感情までも踏み潰すようになるだろう、と考えていたのである。

 -ケネス・ポメランツ&スティーヴン・トピック著『グローバル経済の誕生 貿易が作り変えたこの世界』p.306

 『タクシードライバー』を真摯に踏襲した『ナイトクローラー』は、前者に色濃くあった政治関連描写、ナショナリズム要素を排した。それは「主人公がサイコパスだから」というより、「今日のアメリカ社会を反映した」結果であろう。素直に『タクシードライバー』を踏襲するならば、主人公はイラク戦争帰還兵(自称者)となるはずだ。しかし、本作は2010年代のタクシー・ドライバーを「愛国心など無い資本主義信仰者のナイトクローラー」とした。今日ではこちらの方が『タクシードライバー』が描いた「製作当時のアメリカ社会の歪み」を表現することに的確だったのかもしれない。今のアメリカ合衆国の主役はワシントン(国家機関)ではなくウォール街(金融)である、と仮定するならば、『ナイトクローラー』が描くコスモポリタン主義者の経済的成功は世相にピッタリだ。なにせ、『タクシードライバー』の主人公は政治家の演説を聞くが、『ナイトクローラー』の主人公は経済アナリストの宣伝を聞く。そして、「他人の生命までも奪い金を稼ぐ」ルーのコスモポリタン主義的行動は、あのラジオに出てきた経済アナリストと同じ穴のムジナである。恐ろしいサイコパスに見えるルーは、21世紀の資本主義に存在するハゲタカ達と同じ“捕食行動”を営んでいる。被害者の数的規模ならば、ルーよりもあの経済アナリストの方が大きいかもしれない。

3.国家ある絶望『タクシードライバー』と国家なき夢『ナイトクローラー

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 『タクシードライバー』と『ナイトクローラー』の違いについてまとめる。1976年製作の『タクシードライバー』は1970年代の「アメリカ世相の愛国心の低下」を見ることができる。観客が理解しにくい狂人として描かれる主人公すらアメリカ合衆国、ひいてはアメリカの国家機関を意識している。

 『タクシードライバー』を踏襲した2014年製作『ナイトクローラー』は、前者にあったナショナリズム要素、政治描写を排除した。その代わりに主人公を資本主義信仰者と設定し、キャピタリズム要素を社会描写のメインとした。『タクシードライバー』は国家への不信を投影したが、それはイコール当時のアメリカ世相が国家へ期待を持っていたということだ。しかし『ナイトクローラー』には国家への期待など微塵も無い。このような変更をした『ナイトクローラー』は、「アメリカ政府が力を増幅させる銀行に手間取っている2010年代のアメリカ社会」を表しているし、『タクシードライバー』と比較すると、1970年代からより一層アメリカ世相が国家への信頼を低めたことが感じ取れる。 この2作の世界観に限って言うのなら、1970年代はナショナリズム激変の時代、2010年代はキャピタリズム激動の時代だ。

 さて、実は、『ナイトクローラー』には一つだけ「アメリカ合衆国という国家」が色濃い要素が存在する。本作が監督に「2010年代のアメリカン・ドリーム」と形容されていることだ。つまりは、『ナイトクローラー』はこう訴えている。 今日のアメリカン・ドリームにアメリカは居ない。 

関連記事

outception.hateblo.jp

参考文献 

グローバル経済の誕生: 貿易が作り変えたこの世界 (単行本)

グローバル経済の誕生: 貿易が作り変えたこの世界 (単行本)

 

奥田宏司 『アメリカの量的金融緩和政策と 新たな国際信用連鎖の形成についての覚書 ─ BIS,IMF の Spillovers 論の批判的検討』 http://www.ritsumei.ac.jp/acd/cg/ir/college/bulletin/Vol.26-3/26-3_02_Okuda.pdf

Nightcrawler: The Taxi Driver Homage | Mr C Media

Summers Speaks Out on Patriotism | News | The Harvard Crimson

http://www.empireonline.com/reviews/reviewcomplete.asp?FID=138812/

Angry Bear » If too big then, what are they now?

アジア経済研究所 アジア動向年報 - ブラウジング

町山智浩が語る『キャプテンアメリカ2』の元ネタと超深いテーマ

国民意識と戦意についての国別比較−2005年まで−: 早稲田大学 早田宰 研究室

リーマンショック5年 - NHK クローズアップ現代

オバマ金融規制の知られざる落とし穴 | ビジネス | 最新記事 | ニューズウィーク日本版 オフィシャルサイト

*1: ランボー - Wikipedia より引用

*2: 『キャプテン・アメリカ/ザ・ウィンター・ソルジャー』とウォーターゲート事件ベトナム戦争の関係性は町山智浩氏の解説に詳しい 町山智浩が語る『キャプテンアメリカ2』の元ネタと超深いテーマ 

*3: ウォーターゲート事件 - 大統領弾劾の動き - Weblio辞書 

*4: Summers Speaks Out on Patriotism | News | The Harvard Crimson 

*5: URLはこちらだが、リンク切れした模様 http://www.empireonline.com/reviews/reviewcomplete.asp?FID=138812/ 

*6: “われわれは今、大規模紛争の脅威が遠のき、経済と技術の大幅な確信が国境線の意味を曖昧にするという、きわめて珍しい歴史的瞬間に直面している。この二百年ほどの歴史を持つ近代国家は、今やかつてのような存在ではなくなった。ナショナリズムは、国境内の経済的相互依存と国境外の外国に対する安全確保という実用的な必要から生まれたものだが、それが今、消滅しつつあるのである。” -ロバート・ライシュ『21世紀資本主義のイメージ』 p430 

*7: オバマ金融規制の知られざる落とし穴 | ビジネス | 最新記事 | ニューズウィーク日本版 オフィシャルサイト / リーマンショック5年 - NHK クローズアップ現代