私的VMA最優秀賞ビデオ政治部門 Nicki Minaj『Anaconda』/Kendrick Lamar『Alright』/ Rihanna 『Bitch Better Have My Money』

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 フェミニズムとブラック・リブズ・マターの年である。noicey by VICEによると、昨今のアメリカ音楽シーンにおけるフェミニズム活性化の契機となったMVは2013年のロビン・シック『Blurred Lines』マイリー・サイラス『We Can't Stop』VMAはそれぞれを2013、2014年度でVideo of the Yearにノミネートしている。反人種差別運動に用いられるブラック・リブズ・マターに関しては本ブログのリアーナ『BBHMM』記事の第5項において紹介した。どちらの政治問題も15年度に唐突に生じた物ではない。ただ、社会情勢もあり、VMA2015集計期間において政治的要素を強く持つトップセールスMVでは特段この2問題が目立った。私的VMA最優秀ビデオの政治部門3作品を記載する。

私的 VMA YEAR OF VIDEO

【政治部門】

Nicki Minaj 『Anaconda』/7000万人の命を救え

Kendrick Lamar 『Alright』/自殺的他殺デモ

Rihanna 『Bitch Better Have My Money』/差別も反差別もリアーナの手中

(集計期間2014年7月7日~2015年7月1日)

Nick Minaj『Anaconda』7000万人の命を救え

  ニッキー・ミナージュとテイラー・スウィフトのVMAにまつわる会話は大きな話題となった。この衝突において2人が抱える問題はそれぞれ違う。会話自体はただの誤解である。テイラーはフェミニズムを掲げながら著しく知識不足であり、結果的にフェミニズムを悪用していると指摘された。ニッキーの方に投げかけられる疑問はこうだ。 「本当に『アナコンダ』は年間最優秀賞に足る作品なのか?」 個人的な答えはYESである。この、一見過激でコメディックなだけに見えるMVは、7,000万人の命を救う政治的パワーを意図的に孕んでいる。

 『Anaconda』MVは公開24時間で1,960万再生され、当時の世界1記録を更新した*1。数字的人気は年間優秀賞に申し分ないわけだが、これは過激なだけではない。女性の様々なボディ・イメージを肯定する強固なメッセージを持っているのだ。細くなくとも女性は魅力的だから自信を持って良い、と訴えかている。MVには、メディアが評価するスリムなボディではない女性達が複数人登場し、それぞれのボディを見せつけている。一般的には修正するであろう脂肪によるタルミを映している。

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 メディアが提唱するボディ・イメージは非常に深刻な問題である。現在、摂食障害を患う推定人数は7,000万人とされる。女性が多く、多くは10〜20代で発症する。米国では拒食症の10%が発症10年以内で死亡している*2。日本も無関係ではない。摂食障害の患者数は80年からの約20年間で10倍増加した。この摂食障害の発症原因に、日々メディアが提供するボディ・イメージが大きく関与している。

 今日の多くのメディアは、それこそテイラー・スウィフト『Bad Blood』のような、細身のブロンド白人を「理想像」と発信する。『Bad Blood』に出演しているヴィクトリア・シークレットのモデル達を見ればわかるが、細身で長身で美しく、可憐な色気も感じさせる体型など、手に入れるには(モデル達の努力あれど)先天的要素が非常に大きい。あのようなMVを見て世の女性たち、特に少女たちは「テイラーやモデルのような体型にならなければいけない」と思い込み、自信の身体を破壊する過激な減量に出る*3メディアによるボディ・イメージと摂食障害の相関は、こちらのレポートが詳しい(PDF日本語)。痩せすぎたモデルの起用を禁止するフランスやイタリアの法案には、このような「メディアが提供するボディ・イメージと摂食障害の関係」が背景にある*4

He can tell I ain't missing no meals And he telling me it's real, that he love my sex appeal

彼は食事制限してない私の虜

Say he don't like 'em boney, he want something he can grab

彼はガリガリは好きじゃないって 肉をつかめる女が好きなの

 『Anaconda』の主役は、食事制限せずとも男性に求愛される"デカ尻"女性である。あえて食事制限をしていないことが記されていることからわかるように、本作ではかなり綿密に「摂食障害患者を減らす施策」、「複数ボディ・イメージの肯定」が行われている。ニッキー自身も「痩せている身体と豊満な身体、両方の女性のイメージを表現すべきだと思う。片方だけが賞賛される社会はおかしい。そのことによって既に自信の無い女性が更に自信を喪失してしまう」と発言している。このニッキーのビデオを皮切りに、アメリカでは「細身でない女性を賞賛するムーブメント」が音楽界、ファッション界を中心に発生した*5。付け足すと、MVラストには男性からの誘いをハッキリと答えるオチが用意されている。これは「セックスするかを決める決定権が女性にもあること」を示しており、全裸女性を男達の周りで闊歩させ、強姦促進&女性差別としてデモまで起こされたロビン・シック『Blurred Lines』への回答として機能している*6

 ニッキー・ミナージュは意図的に「死亡率10%の拒食症/摂食障害」問題を扱い、「摂食障害原因を作るメディアのボディ・イメージ」と対峙している。しかし、そのようなハイコンテキストな政治問題を訴えるだけでは足りない。だからこそ自分の立場を活かし、一見「下品なエロ・コメディ」なMVを製作した。彼女の狙い通り『Anaconda』は史上1のview数を獲得し、そこから音楽界、ファッション界等で「複数のボディ・イメージの肯定」がムーブメントとなった。確かに『Anaconda』の歌詞は性的であるし、MVも上品とは言えない。しかしながら、VMAは、全裸の女性を闊歩させデモまで起こされたロビン・シック『Blurred Lines』を最優秀賞にノミネートしたし、細身ブロンド白人女性が全裸を披露したマイリー・サイラス『We Can’t Stop』に至っては最優秀賞を与えている。これらの傾向を考えれば、高度なセールス、話題性、政治的メッセージ、社会的影響力、経済波及効果を発揮した『Anaconda』は最優秀ノミネートに足る作品である。

Kendrick Lamar『Alright』自殺的他殺デモ

 黒人が訴える反差別は自殺行為か。長年人種差別的を扱ってきたケンドリック・ラマーがボルチモア暴動をテーマとしたMVである。この暴動や、その他のデモが「殺人事件を含む警察によるアフリカ系差別」を契機にしていることは本ブログのリアーナ『BHMM』記事第5項で紹介した。作中、反人種差別を訴えるアフリカ系の人々のヒーロー然となったケンドリックは、老齢の白人警官の銃弾に身体を貫かれ、真っ逆さまに落ちる。

 歌詞自体は一人の男の煩悶である。AKLO氏が指摘するように躁鬱病を表してると推測できる。自我が蝕まれそうになるシーンは鬱状態、「大丈夫だ(Alright)」と連呼するシーンは躁状態。まるで主人公は夢の世界に居るようだが、そうとも言い切れない。下記の歌詞は事実を基にしている。

And we hate Popo, wanna kill us dead in the street for sure, n****

俺たちはサツが嫌いだ あいつらは俺たちを殺して道端に捨てたいのさ、マジだぜ 

 歌詞と映像を複合すると、本MVにはこのような仮説が立てられる。人種差別で警官に殺害されるような人種が、アメリカで自由を訴えるだけで死に至る可能性がある。ケンドリックもいつか、差別主義の殺されるかもしれない(又は、世代を代表し人種差別問題を訴えるプレッシャーに押し潰され、"自分自身に"殺されるかもしれない)。それだけ人種差別は大きく複雑で悲惨な問題なのだ。アフリカ系アメリカンにとって、自由を訴える国で反差別を訴えるだけで殺される可能性がある。であるから、「他殺」される可能性を孕むデモ参加は「自殺行為」でもある。内的煩悶と実存社会問題を複合させた、非常にシニカルな「自殺的他殺」MVである。

Rihanna『Bitch Better Have My Money』差別も反差別もリアーナの手中

 最たる問題作。本ブログでも取り上げたように、肯定派/否定派に分かれ多くの政治経済系メディアがそれぞれの議論を掲載した。VMAに対し「何故『BBHMM』をノミネートしなかった?」と呈したThe Gurdianに至っては、2015年7月27日時点で6記事である*7。主な政治議論に用いられたのはニッキーと同じフェミニズム、そしてケンドリックと同じ人種差別問題。

 政治要素については該当記事で紹介したので、『BBHMM』のMVとしての特徴を上げる。ショートフィルム形式で、映画作品からの引用が非常に多い。裸体での吊し上げ拷問、箱に入った全裸女性はクエンティン・タランティーノジャンゴ 繋がれざる者からの引用である。死体のような女性が乗った車を空から映すシークエンスはハードキャンディ(1999)』マッツ・ミケルセンの出演はハンニバルシリーズも示唆しているだろう。他にも様々な類似作品が指摘されている。ロバート・ロドリゲスグレッグ・アラキマーティン・スコセッシ『Faster,Pusstcat! Kill! Kill!』テルマ&ルイーズナチュラル・ボーン・キラーズスプリング・ブレイカーズ……。そして勿論、ブラックスプロイテーション映画。

 本作が映像として秀逸な点は「リアーナのMV」となっていることだ。第一印象は強烈だが、冷静に見ると明確な政治的問題は孕んでいないし、「過激路線に走った凋落シンガー」と形容するには出来が良すぎる。多くの有名映画作品から引用を行っているにも関わらず「パクリ」という印象は与えない。それどころか、自分を強姦した男を殺害する『Man Down』、DV加害者側にも煩悶があることを示した『Love The Way You Lie』、ドラッグと犯罪に塗れた破滅的な恋愛を描いた『We Found Love』等、リアーナ自身のMVと地続きに感じられる。3作品と同じくして、自身を破産に至らしめた実在会計士を登場させるメタ・ジョークを披露。これらの上で、差別的とも反差別的とも感じられ、大手政治系メディアを巻き込む大きなキャパシティを持っている。

Kamikaze if you think that you gon' knock me off the top

私に下克上なんて自殺行為

Turn up to Rihanna while the whole club fuckin' wasted

リアーナの音量を上げなさい  クラブがデキアガってるうちに

 依然として『BBHMM』は「リアーナの作品」であり、ここまでの大論争を巻き起こしてもビデオはリアーナの手中にある。2015年8月現在、リアーナは『BBHMM』にまつわる政治議論について言及していない。制作側の意図どうあれ、このまま「歌手本人はただ人々を驚かすビデオを作りたかっただけ」で通るだろう。ニッキーやケンドリックと異なり、「果たして本当にフェミニズム/人種差別問題に関する作品なのか」ということすら、各々が結論を下せない為である。何はともあれ、政治議論に至ってはリアーナの勝ちである*8激論を交わした否定派は、「過激なパフォーマンスをしながらポリティカル・コネクトレス概要は厳守するリアーナに手球に取られた」と言っても過言ではない。「リアーナはアンチ・フェミニスト」と糾弾されればされる程、ビデオの再生数は伸びる。ポリティカル・コネクトレス概要は守っている為、全体的には否定より肯定、賞賛が多い。リアーナの勝ちだ。これだけ大規模でハイコンテキストな映像を「自分の物」に出来るからこそ、彼女は再生数1億超え作品数で史上1を誇るMV女王なのだろう*9。過激な未成年禁止レーティングな為、VMAがノミネートする必要性は感じないが、もしノミネートしたなら私は評価した。

 付け加えて、EW.comが述べるように、「アフリカ系差別問題&反差別運動を"コンテンツ"として消費するミドルクラス白人層」を映画的に糾弾したVince Staples『Señorita』も、VMAはソーシャルメッセージ部門にノミネートすべきだったと考える。

【前記事】 

参考資料

ニッキー・ミナージュ - 彼女が夢を叶えた理由

森千鶴,小原美津希「思春期女子のボディイメージと摂食障害との関連」 http://opac.lib.yamanashi.ac.jp/opac/repository/1/20958/KJ00004527330.pdf

やせ過ぎのモデルの起用を禁止した国があるってホント? | マイナビニュース

日刊ゲンダイ|患者数は20年で10倍 「摂食障害」は死につながる重大病

摂食障害 | Move It 4

ケンドリック・ラマーの“Alright”、人権活動家たちの警察への抗議で合唱されることに | NME Japan

8 music videos that the MTV VMA nominations totally snubbed | EW.com

Taylor Swift's response to Nicki Minaj was faux-feminist and tone deaf | Music | The Guardian

Nicki Minaj Taylor Swift VMA Feud: Anaconda Best New Video Nomination

The Nicki Minaj debate is bigger than Taylor Swift's ego | Music | The Guardian

Do Songs by Female Pop Stars Always Need to Have a Feminist Message? | NOISEY

*1:【ファッション・オタク通信】「下品すぎる」悪評紛々米ラッパー歌手N・ミナージュのミュージックビデオ…それでも再生「1日で2千万回」の異次元、過激化の裏事情 (1/2ページ) - 産経WEST

*2:日刊ゲンダイ|患者数は20年で10倍 「摂食障害」は死につながる重大病

*3:もちろん結果論であって、『BadBlood』、テイラー・スウィフト、他出演陣をボディイメージ論点で非難することはお門違いである

*4:やせ過ぎのモデルの起用を禁止した国があるってホント? | マイナビニュース

*5:こちらが詳しい→ ニッキー・ミナージュ - 彼女が夢を叶えた理由

*6:ロビン・シックの『Blurred Lines』は強姦、女性の性的消費文化を促進するとして問題となった。このボストン大学のデモには女性のみならず男性も多く参加している。 Robin Thicke concert in Boston is protested by university students angry at his 'misogynistic' lyrics | Daily Mail Online 

*7:ガーディアンがVMA最優秀賞に挙げたビデオは批評的評価が高いものが多い。反してセールスやview数は少ない。ただし、成人禁止レーティングを持ちながら1ヶ月で3,400万再生を記録したリアーナだけはノミネート圏内に入るに足る注目度、セールス、view数だろう。 Taylor Swift's response to Nicki Minaj was faux-feminist and tone deaf | Music | The Guardian

*8:大手旅行会社グループKuoni and the Co-Opが『BBHMM』vevoページへの広告掲載を中止した余波はある。旅行会社はファミリーをターゲティングにしているだろうので、家庭教育的観点、ブランドイメージを考慮したと思われる。この程度はビデオ制作側も想定内だろう。 Rihanna's B***h Better Have My Money video boycotted by Kuoni and the Co-Op | Daily Mail Onlinel

*9:ATRL - Stats: VEVO Certified Videos (updated July 16th 2015)