辰巳JUNKエリア

ニワカを極めるブログ

『グローリー/明日への行進』反差別ゲーム

f:id:outception:20150718023830j:plain

 "LoveWins"。2015年6月26日、アメリカ合衆国全州において同性婚が合法化された。この可決に大きく寄与したのは世論変化だ。WSJ紙によると、1990年時点ではアメリカ人の8人中7人が「同性愛は正しくない関係」と見なしていた。2004年にしても同性婚支持率は3分の1。ここから大きな上昇を見せ、2015年には同性婚全州合法化を望む回答者が約57%となった。この世論の変動には様々な要因が挙げられる。カミングアウトの増加、メディア効果、SNSの普及、民主党の施策……。その中に"LoveWins"というスローガンも含まれる。最高裁可決の際にインターネットに飛び交い、オバマ大統領まで用いたこの言葉は、そのまま「愛は勝つ」というメッセージだ。この言葉に沿った場合、同性婚合法化が否決されると「愛は負けた」こととなる。LGBT問題に大きな関心を寄せてない人々も「愛が負ける」と聞くと「勝ってほしい」と考えがちだ。自分の大切にしている「愛」まで否定された気分になるから。"LoveWins"という同性婚肯定派によるスローガンは、「世論を形成する無関心な人々」を「味方側」に導く、簡潔で強力な"戦術"である。実は、『グローリー/明日への行進』のマーティン・ルーサー・キング・ジュニアも同様の手法を用いている。

  『グローリー/明日への行進』における主人公の目的は「アフリカ系を差別せぬ投票権法の成立」である。しかしながら、大統領は南部白人層の支持率を失いたくない為、反人種差別施策は取りたくない状態。当時のアメリカ全土におけるアフリカ系比率は約12%で、アフリカ系全員が投票について抗議しても連邦政府を動かす程のボリュームに至らない。公民権運動により反人種差別運動を成功に導いてきたキングだったが、もうアフリカ系のみの結束ではどうにも動けない状態に陥る。そうなると、キング牧師は「今まで味方ではなかった世間の人々」を味方に取り込み、ホワイトハウスが重い腰を上げるほどの「投票権法成立を望む世論形成」を余儀なくされる。だから彼は「ドラマ」を創る。まずキングは「白人警官にリンチされる無抵抗のアフリカン・アメリカン」の映像をメディアに流した。老人や中年女性が「アフリカ系だから」という理由のみで警官に暴行される。この簡潔で強力な写真は、多くの世間の人々の思想を動かし、ホワイトハウスに影響を与えた。本作はキング牧師を一人の悩める人間として描く一方、彼の運動をパワーゲームのように臨場的に魅せる。キングの作るドラマ、そして作る気の無かった悲劇的ドラマ。それらによって変動する味方と敵の戦況。不謹慎な言い方をすれば反差別ゲームのようだ。しかし、多くの人々の心を揺り動かし導くゲーム、そこに宿るドラマこそが、政治運動に大切である。この世界には、平等や正義を掲げながら、世論が動かなければ姿勢を上げない国家運営機関が多すぎるのだから。

f:id:outception:20150718045546p:plain

 本作が巧みな点は、前半はほぼ「味方」と「敵」しか映さない構成と考える。つまり、前半部の登場人物は「被差別であるアフリカン」と「主人公を阻害する差別主義者や政治家」にかなり限定されている。連邦法成立に必要不可欠な「その他大勢」……つまり「世論を形成する無関心な人々」はスルーされている。初めて「その他大勢」が映されるのは、橋の暴動がTVに流された瞬間である。そのショッキングな映像は、TVの前に座っていた「その他大勢」の目を釘付けにさせた。そこには勿論白人も存在する。「今まで問題に大きな関心を持たなかった多くの世間の人々」……言い換えれば世論の一部が、キング側の味方となったことを印象づける演出だ。こうしてキング牧師のセルマでの活動は、意図的な戦略と意図せぬ悲劇を経て世論を取り込み、ホワイトハウスを(ある種)追い詰め、投票権法成立に漕ぎ着けた。

 『グローリー/明日への行進』は「アフリカンvs.白人」という勧善懲悪構図ではない。前述したように、前半で「味方」と「敵」しか映さない為に、逆差別のような印象を受けるだけである。この塩梅は、「白人含む多くの世間の人々がキング牧師の戦略によって味方についたこと」を強調する為の演出である。全体的に見ると、むしろ「差別の実態を知らしめることが出来たら味方に着いてくれる白人が(あの時代でも)沢山居たこと」を示している。繰り返すが、政治運動においては、「人道に反する問題を世間に知らしめること」こそ大事なのである。本作が強調したこのメッセージは、2015年同性婚合法化スローガン"LoveWins"が示すように現代でも有効であり重要だ。

f:id:outception:20150718045126p:plain

   本作が悪役側に置く対象は「差別主義者」であるが、それにしても最後の演説でカバーしている。差別主義者が環境から生まれてしまうことを示唆するのだ。その環境の責任は、少なからずとも政府が担う。あのスピーチは、差別問題を放置する、それどころか時に差別を促進する国家権力側への戒めに繋がる。グローリー/明日への行進は「反差別主義vs.差別主義」構図を超え、「差別を生む社会構造を許容し放置する権力側への批判」を繰り出している。あえてアンフェアと言うなら、序盤の教会のシーンの時系列だ。あの爆破事件は、キング牧師ノーベル賞を受ける前年の出来事である。アラバマ州バプテスト教会爆破事件は1963年9月、キング牧師ノーベル賞授与式は1964年12月。しかし本作品は、KKKによるテロリズムをあたかもノーベル賞と同時期、または直後の事のように展開させる。この意図的な時系列のランダム挿入こそ、映画自体が取った「反差別の為の戦略」なのかもしれない。

参考資料 

同性婚に対するアメリカ世論の急速な変化の原因 SNSの台頭など - ライブドアニュース

安藤次男1965年投票権法とアメリカ大統領政治」(PDF)

史跡めぐり・アラバマ州の教会爆破事件