経済ホラーとしての『イット・フォローズ』白人の悪夢と黒人の廃墟
正体不明の “それ” に追いかけられるホラー映画『イット・フォローズ』のメインキャストは白人の子どもたちだ。それどこらか、作中おびただしく出現する “それ” すら白人ばかり。何故か。この映画の舞台がデトロイトだからだ。時代設定が意図的にあやふやにされた作品ではあるが、ひとつ、現実の街とつながるセリフが出てくる。決戦の地であるプールに向かうさなかに。
昔 親から8マイル通りを越えるのを禁じられてた
当時は理解できなかったけど あそこは郊外と都市の境界線だったのね
このシークエンスでは、廃墟となった家がおどろおどろしく映される。
これはおそらく、デトロイト市内に実在する黒人貧困街の廃墟だ*1。セリフに登場する8マイル・ロードとは「人種と富の境界線」とされる。下図はデトロイトにおける人種マップだ。青が黒人、赤が白人の移住者を指す。平行に赤と青を断絶している「境界線」が8マイル・ロード。
*1:こちらに黒人貧困街の廃墟写真がある 映画『デトロイト』 アメリカ最大のダブルパンチ:塙 武郎 専修大学アメリカ経済研究室:So-netブログ
『天才作家の妻 40年目の真実』 A STAR IS BORN
『アリー/スター誕生』の新人女優レディー・ガガと2019年主演女優賞レースを争う作品だが、大女優グレン・クローズが14年かけて製作したこちらの映画こそ「スター誕生」と言うべき気迫がある。
【以下ネタバレ】
本作でスターが誕生するのは2回。1回目は、かりそめのスターが生まれた前日譚──ある意味で誕生せざるをえなかった過程を指す。ここで織り成されるのは、ただ単に夫が横暴だったという話ではない。作家を目指す女性がしばしば阻まれた1950年代当時の社会状況が大きなポイントだろう。つけ加えれば、現実の1990年代イギリスで『ハリー・ポッター』を発表したJKローリングすら「女性名だと売れない」と指示されたというのだから「昔の話」と割り切れない効力がある。2018年アメリカの『アリー/スター誕生』すら主人公を除く男性キャラばかりで、それが「プロデューサーの男女比が49対1とされる現実の音楽産業を反映していてリアル」だと真剣に語られる始末だ。
続きを読む『アリー/スター誕生』セカイ系恋愛の主役は誰?
*映画『アリー/スター誕生』寄稿一覧
『アリー/ スター誕生』米大絶賛の理由 2018年的刷新とレディー・ガガに重なる物語がポイント?|Real Sound|リアルサウンド 映画部
レディー・ガガ主演『アリー/ スター誕生』は「ポップ蔑視」なのか? - コラム : CINRA.NET
幅広い年代向けの「音楽観」?
Real Soundにも書いたんですが、2010年代要素がほぼ無い音楽産業ムービーです。SNSとストリーミング、HIPHOPの台頭、オーディションTV番組等々、21世紀ポピュラー音楽界の“普通”はほぼ見られず、バーブラ・ストライサンド版の1970年代が舞台と仮定しても通るレベル。唯一のテック要素と言えるYoutube拡散シーンにしても、アリーの父親が「エンゲージメントって何?」みたいな会話する説明演出。雑に言うと、『アリー/スター誕生』はSpotifyやYoutubeに慣れ親しんでいないお年寄りも安心して見られる設計が完備されてる高齢層フレンドリー映画なのです。中盤以降の「ポップスター」像にしてもゼロ年代前半みたいなファッション・スタイルで、それこそ「ガガ以前」時空な趣でしたが、あれくらいがマスにわかりやすいポップ観なのかもしれません。CINRAで紹介したポップ蔑視疑惑論争は、この「ポップスター像の古さ&ダサさ」も一因な気がするのですが、こうした「10年前感」だからこその国民的大ヒット? グラミー賞のところとか「似合ってない服を着てるレディー・ガガ」を見られるレアリティが発生してた記憶が……。
スターのセカイ系恋愛
続きを読む2018年メディア寄稿集
2018年、メディア媒体に掲載していただいた記事集となります。
ご依頼等、なにかご連絡がありましたら下記メールアドレスにお願い致します。
tatsumijunk@gmail.com
文春オンライン:女子高生の星が教えてくれた、SNS時代の破局の乗り越え方
SNS時代のアンセムと謳われるアリアナ・グランデ『thank u,next』について書きました。感謝と前進を志す異例の破局ソングは「完全な別れが難しいSNS社会」に適合? ほかにも、自分を慈しむセルフケアが流行するアメリカ社会のエンパワーメントソングでもある等。
週刊はてなブログ:2018年のはてなブログを振り返る! 「年間総合はてなブックマーク数ランキング」トップ100と「注目エントリー」
寄稿とは少し違いますが、はてなブログ公式の2018年注目エントリーに本ブログの『
HIPHOPのメンタルヘルス観の変容/「男らしさ」から「脆弱性」へ 』が選出されました。ありがとうございます。
SPUR:オールジャンル、体当たりで取材した 2019年、NEWな噂に猪突猛進!
SPUR 2019年9月号のニュートレンド特集に協力させていただいています。紙面版はこちら→ 2019年2月号(2018年12月21日発売)の試し読み|MAGAZINE(雑誌)| SPUR
RealSound:年末企画:辰巳JUNKの「2018年 年間ベスト海外ドラマTOP10」 豊潤な作品が揃った黄金期
続きを読む『クレイジー・リッチ!』麻雀シーンの意味
RealSound様にて紹介させていただいた映画『クレイジー・リッチ!(Crazy Rich Asians)』。
非常に重要である麻雀シーンについて説明させていただいたのですが、本稿では更に踏み込んだネタバレ解説を致します。8牌の意味や座席位置など、基本的な解説は上記記事の後半に書いたので、まずはそちらを御覧ください。
【※以下ネタバレ】
麻雀でレイチェルは何を伝えたのか
続きを読む『ボージャック・ホースマンS5』共感できるアビューザー問題
この作品の魅力は──誰もが主人公に共感できるところです
誰しも深い後悔を抱えています オレも酷いことをしてきた
みんな酷いヤツだから安心していい、とこの作品は伝えています
この劇中ドラマに向けられた称賛は『ボージャック・ホースマン』自体の魅力を見事に表わしている。Netflixの奇妙な馬アニメは「共感できる作品のマスタークラス」でありつづけた。主人公が自尊心の弱さと自責感の強さによって暴走するたび、視聴者は共感と愛を深めていった。ボージャックは、豪邸に住むセレブリティにして「2010年代もっとも共感されるアンチヒーロー」になったのだ。しかし、シーズン5はいささか奇妙だ。ラストの彼は、安心をもたらすほど「共感」される存在ではない。同時に、唾棄すべきほど「共感」できぬ存在にもなっていない。クリエイターは何を思ってこのバランスを作り上げたのか。
【以下ネタバレ】
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