『バトル・オブ・ザ・セクシーズ』70s英雄譚と英雄の距離

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 1970年代初頭のアメリカといえばフェミニズム旋風である。ウーマンリブ運動の加熱。71年にヘレン・レディが『I Am Woman』をリリース。72年に雇用機会均等法が大幅に改正され、グロリア・スタイネムが雑誌『Ms.』を刊行。そして73年に「バトル・オブ・ザ・セクシーズ」が推定9,000万の視聴者を集めた。本作の主人公ビリー・ジーン・キングが男性選手との試合に至った要因には全米テニス協会の賃金格差があった。当時、男性選手の優勝賞金は女性の8倍だった。無論、チケット売上の男女差は8倍ではない。男女同権を志向するビリーは女子テニス協会の前進となる女子ツアーを始めた。スポーツ界のみならず実社会にも根付く格差にアクションを起こしたビリーは、まさに70年代の英雄なのである。

【以下ネタバレ】

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『GLOW』勇気をくれる人種差別プロレス

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 実在女子プロレス団体をモデルにしたコメディ『GLOW』は、リスキーな選択をとった。80年代に活躍した現実のGLOWは、今見るとかなり人種差別的なステージを放映していたのである。では、そんな問題あるショーをどのように“魅力的”に描くのだろう?

【※ネタバレを含みます】

有色人種は「悪役」な80s人種差別ショー 

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HIPHOPのメンタルヘルス観の変容/「男らしさ」から「脆弱性」へ

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 HIPHOPメンタルヘルスの関係性。2010年代後半にブームとなったエモRAPについてはCINRA.NET寄稿コラムでフォーカスした。本稿では「エモRAP」以前、主に1990年代から2010年代を追う。アメリカのHIPHOPは現実のブラック・コミュニティを反映する。心理療法を遠ざける要因となる「強さ」主義が問題視されてきたHIPHOP。しかし、近年は変化を見せている。

90s-00s:「強さ」主義と「音楽がセラピー」神話

死んだら地獄に行きたい 俺はどうしようもなくクソ野郎だから

- The Notorious B.I.G. "Suicidal Thoughts"

  2010年代中盤、アメリカで自死や憂鬱を語るRAPが増えた……と言っても、もともとメンタル・イルネスはHIPHOPで描かれてきたモチーフだ。1990年代には、ノトーリアスBIGを筆頭にゲットーボーイズや2Pac希死念慮を表現している。しかしながら、著名ラッパーたちのメンタルヘルス観は変容しつづけている。

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『13の理由S2』リアリズムからスピリチュアリズムへ?

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 寄稿『若者の憂鬱と「死にたい」を表現するドラマや音楽。米社会の闇を探る - コラム : CINRA.NET』でフォーカスしたNetflixドラマ『13の理由』。高校生の視点をリアルに描きヒットした本作だが、S2ではリアリズム演出を破壊する挑戦に出ている。幽霊が出現し、スピリチュアリズムにまで着地するのだ。それでも、本作は「アメリカの10代のリアル」を描きつづける。

告発と反響

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政治ソングでアメリカ1位は難しい?ガンビーノの銃乱射とガガの同性婚

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 CINRA.NET『“This Is America”に揺れる現代と、リオン・ブリッジズの物語』で触れたチャイルディッシュ・ガンビーノ『This Is America』。寄稿コラムにおいては、様々な社会問題を描いた作品であることを紹介した。こちらの記事では「アメリカで政治ソングが1位を獲得することは稀なこと」、だからこそ「10年代USで首位に輝いた2つの政治ソングはその内容とタイミングが的確だったこと」を伝えたい。

『This Is America』のような政治/社会問題ネタはヒットしやすいのか?

 2018年5月、チャイルディッシュ・ガンビーノ『This Is America』がHOT100首位デビューを飾った。とくに話題を呼んだのはハイコンテキストなMVだ。リリースされるやいなやネットやメディアで数多の考察を巻き起こした。その注目度を立証するように、初週ストリーミングの68%がMV視聴となっている*1。『This Is America』以前のガンビーノのチャート最高記録は12位。彼にとっても大きな飛躍だったことがわかる。そこで見かけたある意見:「ガンビーノはヒットしやすい政治ネタで1位を獲った」確かに、明らかに政治的とされる社会問題を描きながらも真意がハッキリとしない本作は“考察合戦”を呼ぶ作りだ。アメリカ社会の現状を批判する内容であることは歌詞を聴いただけでわかる。注目度の高い社会問題はマスメディアにも報道されやすいだろう。しかしながら「政治ネタをやればヒットしやすい」旨には疑問を呈したい。アメリカのHOT100においては、むしろ政治性が無いほうが高順位を狙いやすいのが通説だからだ。

2010年代US1位の政治ソングはたった2曲?HIPHOPヒットも政治性は薄い

歴史的に、政治的メッセージやシリアスな社会問題を描く楽曲がチャート1位を獲得することは非常に稀です

- What Was The Last Political Song To Hit No. 1 Before Childish Gambino's 'This Is America'?

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ケンドリック・ラマー『DAMN.』ピュリッツァー賞の意義/芸術と認められたHIPHOP

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 CINRA.NET様に寄稿させていただいたリオン・ブリッジズ記事で触れた、2018年USブラックカルチャーの躍進と波乱。その中で大きく報じられたケンドリック・ラマー『DAMN.』のピュリッツァー賞受賞は、どのような意義があったのか?

 2018年ピュリッツァー賞音楽部門の選考委員レジーナ・カーターのインタビューがThe Atlanticに掲載されている。カーターはクラシック音楽を学んだのちJazzに移行した世界的ヴァイオリニストだ。インタビューでは、ピュリッツァーの審査過程、『DAMN.』製作に多くの人々が関わっている問題、カーター自身のケンドリック評などが語られている。記事のラスト、彼女はピュリッツァー賞についてこのように語っている。

ピュリッツァー賞の授与は、その対象がアメリカのアートフォームの一部だと呈することを意味します 

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『ブラックミラー』半分ノンフィクション?元ネタ紹介

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 Netflix配信中のUKドラマ『ブラックミラー』。人気のあるテクノロジーをテーマとしたSF寓話だが、多くのエピソードには「実話の元ネタ」および「実話になってしまった予言的描写」が挟まれている。英国首相は本当に豚とファックした?ソーシャルランクによって値踏みされる社会はすでに中国で実現?etc……本作の“ノンフィクションな側面”を複数紹介したい。

【目次】

  • S1E1『国歌』:本当に豚とファックした英国首相
  • S2E1『ずっと側にいて』:死者と会話するbotサービス
  • S2E3『時のクマ、ウォルドー』:英国選挙の謎キャラ文化
  • S3E1『ランク社会』:中国で流行る信用階級
  • S4E1『宇宙船カリスター』
  • S4E4『Hang The DJ』:選択肢が多すぎる情報恋愛社会
  • S4E5『メタルヘッド』:キモい殺人ロボ
  • おまけ:S3E4『サン・ジュニペロ』のテーマソング歌詞

S1E1『国歌』:本当に豚とファックした英国首相

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 「首相が豚とファックしなければ誘拐した王妃を殺す」──誘拐犯の異常な要求によって英国首相が追い詰められていく物語。SNSや海外メディア等、政府によって統制できない情報群によって首脳が迫られる様が描かれていく。「首相と豚のセックス」のTV放送を迫るなど考えれないが……実は、このエピソードは一部ノンフィクションを帯びてしまった。2015年、現実の英国首相デービット・キャメロンが「死んだ豚にフェラチオさせた過去」を暴露されたのだ。まさに『ブラックミラー』の「豚とファックする首相」そのものである。ドラマの放送はキャメロン首相スキャンダルの4年前。クリエイターのチャーリー・ブロッカーは「元々首相の豚ネタを知っていた」噂を否定する羽目になった。ある面、作家側すらも「情報と大衆」に追い詰められるようなかたちとなった『ブラックミラー』らしい顛末である。

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